宇和の潮風にもどる
推奨作品集
村田好章詩集
著者 村田好章
詩集名 ひみつをもった日
発行所 編集工房 ノア
発行年月日 2005年6月1日
定価 2000円プラス税
「さん付け」
家計の足しになればと
小学六年生になってすぐ
中学生と偽り新聞配達をしました
はじめての給料袋を
おかあさん
あなたに わたしました
ごくろうさん
そういって
おしいだくように受けとり
神棚へ供えました
あくる日からです
あなたは ぼくを呼ぶとき
名前のあとに
「さん」を付けるようになりました
気はずかしく
それでいて
つきはなされたみたいで
ぼくは ないてしまいました
おかあさん
あの日のことをおぼえていますか
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著者 村田好章
詩集名 あの日のうさぎに会いたくて
発行所 編集工房 ノア
発行年月日 2001年9月10日
定価 2100円
跋文 森哲弥氏
あの日のうさぎに会いたくて
疲れやすくなった脚に
底の厚いウォーキングシューズを奮発した
足裏から伝わってくる地表の凸凹は
ヴェールに覆われていてやわらかい
からだだけでなく気分までかるくなる
どこまでも行けそうな開放感のまま
リズムに乗って 風になって
調子がでてきたころ
ビルの工事現場にさしかかる
組み立てられた鉄骨の上では
若者たちは裾のひろいズボンを足首あたりで締め
スニ―カーを履いている
そんななかに ひとり
先が二股に分かれた地下足袋の男がいる
ふいに 靴底のエアークッションのすきまから
顔をのぞかせたのは
古い紺色の布地のズックをはいた小学生のぼく
兄のおさがりはぼろで
親指が布地の穴から出てしまう
いつも地下足袋みたいとからかわれていた
級友の白い運動靴が
曇りの日でも輝いてみえたっけ
きっかけを掴むと
時間は濃密な帯になって蘇る
その年 伊勢湾台風が荒れ狂い
京都・西陣もその影響を受け
ズックの外側も内側も水浸しで
代わりのズックなどなく
それでも欲しいとは
談でも口にできなかったある日
なんのまえぶれもなく
玄関にそろえてあった白い運動靴
夢中になって うさぎになって
校庭を路地を 歩き 走った 一メートルでも ニメートルでも
ジャンプできそうだったが
五十センチも跳べたかどうか
それなのに たしかにニメートル
いや それ以上跳んでいた実感があった
ウォーキングシューズは
あのころの白い運動靴より
材質も機能性もはるかにいい
はき心地も抜群だが
からだの底からわきあがってきた
なんでもできそうな
あの実感はない
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