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ほめく眼


闇の中で炯炯とした光芒を放つ猫の眼のほめきのように、
海生の生物の眼がほめくものなのかどうか、私は知らない。

愛媛県のある地方で「ばんばらばん」と呼ばれている魚がいる。
それは魚には違いないけれど、サンマやアジやタイやヒラメ、
あるいは・タチウオやウナギ、その他多くの私達が普段眼にしたり
食したりする魚のイメージとは大きく異なっている。
その魚は胴体の中ほどから切りとられでもしたかのように、後半部
がすっぽりとなくなっていて、頭部だけしかないようにも見える。卵型
をした魚体の後端に対になっている背ビレと尻ビレで大海を悠然と
泳いで行く。魚類でありながら、推進機能としての尾ビレが極端に
短いから、海中を早いスピードで進んで行く事はできない。

私は毎夏のようにこの魚の肉を食う。
海に臨んでいる郷里をとっくの昔に捨ててしまっている私に、今では
別人のように老いてしまった母が、夏にはきまって「ばんばらばん」
の切り身を冷凍にして送ってくる。
「沸騰してから入れて、中火で15分間、煮るのですよ」と、
いつもながらに同じことを書きつけてくる母の教えを忠実に守って、
調味料で味付けして煮る。
ゆであがった「ばんばらばん」の独特の風味が口中に広がる。
幼いころからなじんでいた味だ。その味は、はるかな時間の懸隔を
縫って、否応もなく故郷とそして故郷に抱え込まれていた私自身への
追憶を誘う。

私は小学校三年生の時に一度死んでいる。嵐の前の少し波のある日に
父の操船する小さな漁船からバランスをくずして転落して、そのまま
海の中を沈んでいった。眼裏に赤や青の色彩が飛び交っていたように
記憶しているが、実際には意識がなかったのだろう。
気がつけば幾人かの人達の眼が私をとりかこんでいた。
海の中で沈降して行きながら、意識のなくなる間際に、私の眼は
ほめいていただろうか・・・といつまでたっても解けない宿題のように、
三十数年もそのことを思い続けている。

 フグ目  マンボウ科  マンボウ
それが「ばんばらばん」の正式名である。
下等魚 まずい
ものの本にはそのように記されてはいるが、その筋肉(すじにく)は、
イカとフグを合わせたような複雑玄妙な味である。
しかし、市場に持って行ってもお金に変わることはない。

「水族館」という名の、陸封された小さな模造の海に、「ばんばらばん」
が泳いでいるのを見たことがある。大海を泳いでいる姿は知らない。
記憶の中の「ばんばらばん」は、宇和の寒村の波打ち際に、ゆらゆらと
揺れている。解体されて、なめし皮のようなその体表の部分が、夏の
白い陽射しに映えて、おだやかな波の上で揺れている様「さま」である。

十年一日のような生活を続けている郷里の男達は、今も大敷網をあげて
いる。その網に、多い時には五匹ほどの「ばんばらばん」がかかるという。
網からあげたその場で、背ビレと尻ビレを切り離して海に捨てる。
海から離れて生活している者が、いわんや、海に生きるべきはずなのに
海を捨ててしまった者が、皮相的な正義感でその行為をなじることは
できない。海と共生している彼らには彼らの、正当な理由があるのだろう。

泳ぐこともできず、ただ海の底に向かって沈んでいくより他ない
「ばんばらばん」の眼は何かを映しているのだろうか。何かを映して、
ほめいているのだろうか・・・。
都会のただ中にある私の脳裏に、悲しげな眼をして、沈んでいく
「ばんばらばん」の姿がしばしば映る。実際には見たこともないはずなのに、
実に鮮やかに網膜に映る。

時の空を不夜城の街が行く。飽食の街が行く。無機質の街が行く。
孤絶社会の街が行く。アル中の街が行く。隠萎の街が行く。

一九九二年。 KYOTO・JAPAN。
都会の海でつたなく泳ぎ、不健康な日常を閲す
 TAKASHI・YOSHIYAMA。43歳。

覚醒してみる夢を見なくなってすでに久しい。だから夢の中で夢を食らう。
けれども、それが潜在意識下のものであったとしても、自身の資質の
範囲内でしか人は夢を見れない。それが逆説睡眠中における夢の特性だ。
人は自身に合わせて夢を見る。

「ばんばらばん」が沈んでいく。私が沈んでいく。ゆっくりと沈んでいくその
光景が見える。沈んでいきながら、その眼になにものかを映して、猫の眼の
ようにほめいているかどうか、それは自身が知覚するものではない。
                         (1992.07)

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