山家集の研究
「都」の歌
《 歌 》
13 山路こそ雪のした水とけざらめ都のそらは春めきぬらむ
29 ちらでまてと都の花をおもはまし春かへるべきわが身なりせば
33 花もちり人も都へ歸りなば山さびしくやならむとすらむ
35 人はみな吉野の山へ入りぬめり都の花にわれはとまらむ
47 郭公都へゆかばことづてむ越えくらしたる山のあはれを
75 都にて月をあはれと思ひしは数より外のすさびなりけり
79 入りぬとや東に人はをしむらむ都に出づる山の端の月
84 月の色に心をふかくそめましや都を出でぬ我が身なりせば
90 なれきにし都もうとくなり果てて悲しさ添ふる秋の暮かな
98 たけのぼる朝日の影のさすままに都の雪は消えみ消えずみ
101 思へただ都にてだに袖さえしひらの高嶺の雪のけしきは
104 おしなべて同じ月日の過ぎ行けば都もかくや年は暮れぬる
105 程ふれば同じ都のうちだにもおぼつかなさはとはまほしきに
106 思へただ暮れぬとききし鐘の音は都にてだに悲しきものを
107 見しままにすがたも影もかはらねば月ぞ都のかたみなりける
107 あかずのみ都にて見し影よりも旅こそ月はあはれなりけれ
108 何となく都のかたと聞く空はむつまじくてぞながめられぬる
109 柴の庵のしばし都へかへらじと思はむだにもあはれなるべし
109 かへり行く人の心を思ふにもはなれがたきは都なりけり
109 くさまくら旅なる袖におく露を都の人や夢にみるらむ
109 きこえつる都へだつる山さへにはては霞にきえにけるかな
109 わたの原はるかに波を隔てきて都に出でし月をみるかな
109 わたの原波にも月はかくれけり都の山を何いとひけむ
125 ここも又都のたつみしかぞすむ山こそかはれ名は宇治の里
125 都にも旅なる月の影をこそおなじ雲井の空に見るらめ
128 都近き小野大原を思ひ出づる柴の煙のあはれなるかな
130 都出でてあふ坂越えし折までは心かすめし白河の関
131 涙をば衣川にぞ流しつるふるき都をおもひ出でつつ
140 秋は暮れ君は都へ歸りなばあはれなるべき旅のそらかな
141 露おきし庭の小萩も枯れにけりいづち都に秋とまるらむ
141 したふ秋は露もとまらぬ都へとなどて急ぎし舟出なるらむ
175 くやしくもよしなく君に馴れそめていとふ都のしのばれぬべき
182 ながらへてつひに住むべき都かは此世はよしやとてもかくても
185 夜の鶴の都のうちを出でであれなこのおもひにはまどはざらまし
185 露しげく淺茅しげれる野になりてありし都は見しここちせぬ
185 雲の上やふるき都になりにけりすむらむ月の影はかはらで
189 ひときれは都をすてて出づれどもめぐりてはなほきそのかけ橋
192 世の中を捨てて捨てえぬ心地して都はなれぬ我が身なりけり
239 都うとくなりにけりとも見ゆるかなむぐらしげれる道のけしきに
258 月はみやこ花のにほひは越の山とおもふよ雁のゆきかへりつつ
282 わが心さこそ都にうとくならめ里のあまりにながゐしてけり
松屋本 いつしかにおとはの瀧のうくひすそまつみやこにははつねなくへき
《 詞書 》
76 遙かなる所にこもりて、都なりける人のもとへ、月のころ遣しける
104 年の暮に、あがたより都なる人のもとへ申しつかはしける
109 ひとり見おきて歸りまかりなんずるこそあはれに、いつか都へは歸る
べきなど申しければ
109 四國のかたへ具してまかりたりける同行の、都へ歸りけるに
125 修行して伊勢にまかりたりけるに、月の頃都思ひ出でられてよみける
129 さきにいりて、しのぶと申すわたり、あらぬ世のことにおぼえてあはれなり。
都出でし日数思ひつづくれば、霞とともにと侍ることのあとたどるまで来にける、
心ひとつに思ひ知られてよみける
131 奈良の僧、とがのことによりて、あまた陸奥国へ遣はされしに、中尊寺と申す
所にまかりあひて、都の物語すれば、涙ながす、いとあはれなり。かかることは、
かたきことなり、命あらば物がたりにもせむと申して、遠国述懐と申すことを
よみ侍りしに
134 常よりも道たどらるるほどに、雪ふかかりける頃、高野へまゐると聞きて、
中宮大夫のもとより、いつか都へは出づべき、かかる雪にはいかにと申し
たりければ、返りごとに
135 小倉をすてて高野の麓に天野と申す山に住まれけり。おなじ院の帥の局、
都の外の栖とひ申さではいかがとて、分けおはしたりける、ありがたくなむ。
歸るさに粉河へまゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよと
ありければ、ぐし申して粉河へまゐりたりける、かかるついでは今はあるまじき
ことなり、吹上みんといふこと、具せられたりける人々申し出でて、吹上へ
おはしけり。道より大雨風吹きて、興なくなりにけり。さりとてはとて、吹上に
行きつきたりけれども、見所なきやうにて、社にこしかきすゑて、思ふにも似ざり
けり。能因が苗代水にせきくだせとよみていひ傳へられたるものをと思ひて、
社にかきつけける
174 ある宮ばらにつけて仕へ侍りける女房、世をそむきて都はなれて遠くまからむ
と思ひ立ちて、まゐらせけるにかはりて
185 福原へ都うつりありときこえし頃、伊勢にて月の歌よみ侍りしに
以上