露の歌
1 51 露のぼる蘆の若葉に月さえて秋をあらそふ難波江の浦
2 52 かき分けて折れば露こそこぼれけれ淺茅にまじる撫子の花
3 52 露おもみそのの撫子いかならむ荒らく見えつる夕立のそら
4 56 いそぎ起きて庭の小草の露ふまむやさしき數に人や思ふと
5 56 暮れぬめり今日まちつけて棚機は嬉しきにもや露こぼるらむ
6 57 秋の歌に露をよむとて
おほかたの露には何のなるならむ袂におくは涙なりけり
7 57 いそのかみ古きすみかへ分け入れば庭のあさぢに露ぞこぼるる
8 57 小笹原葉ずゑの露の玉に似てはしなき山を行く心地する
9 57 萩の風露をはらふ
をじか伏す萩咲く野邊の夕露をしばしもためぬ荻の上風
10 58 乱れ咲く野邊の萩原分け暮れて露にも袖を染めてけるかな
11 58 あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原
12 59 末は吹く風は野もせにわたるともあらくは分けじ萩の下露
13 59 をみなへし分けつる袖と思はばやおなじ露にもぬると知れれば
14 59 女郎花色めく野邊にふれはらふ袂に露やこぼれかかると
15 59 女郎花帯露といふことを
花の枝に露のしら玉ぬきかけて祈る袖ぬらす女郎花かな
16 59 折らぬより袖ぞぬれける女郎花露むすぼれて立てるけしきに
17 60 草花露重
けさみれば露のすがるに折れふして起きもあがらぬ女郎花かな
18 60 大方の野邊の露にはしをるれど我が涙なきをみなへしかな
19 60 折らで行く袖にも露ぞこぼれける萩の葉しげき野邊の細道
20 60 ゆふ露をはらへば袖に玉消えて道分けかぬる小野の萩原
21 61 玉にぬく露はこぼれてむさし野の草の葉むすぶ秋の初風
22 62 わづかなる庭の小草の白露をもとめて宿る秋の夜の月
23 63 ながむれば袖にも露ぞこぼれける外面の小田の秋の夕暮
24 63 夕されや玉うごく露の小ざさ生に聲まづならす蛬かな
25 63 蛬なくなる野邊はよそなるを思はぬ袖に露ぞこぼるる
26 64 虫の音をよそに思ひてあかさねば袂も露は野邊にかはらじ
27 64 よもすがら袂に虫の音をかけてはらひわづらふ袖の白露
28 64 物思ふねざめとぶらふきりぎりす人よりもけに露けかるらむ
29 65 かべに生ふる小草にわぶる蛬しぐるる庭の露いとふらし
30 66 分けて入る袖にあはれをかけよとて露けき庭に虫さへぞ鳴く
31 68 萩が枝の露ためず吹く秋風にをじか鳴くなり宮城野の原
32 73 月の色を花にかさねて女郎花うは裳のしたに露をかけたる
33 73 宵のまの露にしをれてをみなへし有明の月の影にたはるる
34 74 月のすむ淺茅にすだくきりぎりす露のおくにや秋を知るらむ
35 74 露ながらこぼさで折らむ月影にこ萩がえだの松虫のこゑ
36 75 夕露の玉しく小田の稻むしろかへす穗末に月ぞ宿れる
37 78 浅茅はら葉ずゑの露の玉ごとに光つらぬる秋のよの月
38 79 秋の夜の月を雪かとながむれば露も霰のここちこそすれ
39 83 山里をとへかし人にあはれ見せむ露しく庭にすめる月かげ
八月、月の頃夜ふけて北白河へまかりける、よしある樣なる家の侍りけるに、
琴の音のしければ、立ちとまりてききけり。折あはれに秋風樂と申す樂なりけり。
庭を見入れければ、浅茅の露に月のやどれるけしき、あはれなり。垣にそひたる
萩の風身にしむらんとおぼえて、申し入れて通りけり
40 85 秋風のことに身にしむ今宵かな月さへすめる宿のけしきに
41 85 こよひはと所えがほにすむ月の光もてなす菊の白露
42 89 をしめども鐘の音さへかはるかな霜にや露の結びかふらむ
43 93 分けかねし袖に露をばとめ置きて霜に朽ちぬる眞野の萩原
44 95 花におく露にやどりし影よりも枯野の月はあはれなりけり
45 109 くさまくら旅なる袖におく露を都の人や夢にみるらむ
46 110 露けさはうき身の袖のくせなるを月見るとがにおほせつるかなて
47 121 露もらぬ岩屋も袖はぬれけると聞かずばいかにあやしからまし
をざさのとまりと申す所に、露のしげかりければ
48 121 分けきつるをざさの露にそぼちつつほしぞわづらふ墨染の袖
49 122 いほりさす草の枕にともなひてささの露にも宿る月かな
へいちと申す宿(すく)にて月を見けるに、梢の露の袂にかかりければ
50 122 梢なる月もあはれを思ふべし光に具して露のこぼるる
51 139 何となく露ぞこぼるる秋の田のひた引きならす大原の里(寂然)
52 139 あだにふく草のいほりのあはれより袖に露おく大原の里(寂然)
53 141 君をおきて立ち出づる空の露けさは秋さへくるる旅の悲しさ(大宮女房加賀)
54 141 露おきし庭の小萩も枯れにけりいづち都に秋とまるらむ
55 141 したふ秋は露もとまらぬ都へとなどて急ぎし舟出なるらむ(大宮女房加賀)
56 144 あふことをしのばざりせば道芝の露よりさきにおきてこましや
57 147 折りてただしをればよしや我が袖も萩の下枝の露によそへて
58 149 白妙の衣かさぬる月影のさゆる眞袖にかかるしら露
59 155 わりなしやさこそもの思ふ袖ならめ秋にあひてもおける露かな
60 155 秋ふかき野べの草葉にくらべばやもの思ふ頃の袖の白露
61 157 消えかへり暮待つ袖ぞしをれぬるおきつる人は露ならねども
62 158 荻の音はもの思ふ我になになればこぼるる露に袖のしをるる
63 159 言の葉の霜がれにしに思ひにき露のなさけもかからましかば
64 159 かりそめにおく露とこそ思ひしかあきにあひぬる我がたもとかな
65 160 草の葉にあらぬ袂ももの思へば袖に露おく秋の夕ぐれ
66 162 なつかしき君が心の色をいかで露もちらさで袖につつまむ
67 163 吹く風に露もたまらぬ葛の葉のうらがへれとは君をこそ思へ
68 163 とりのくし思ひもかけぬ露はらひあなくしたかの我が心かな
69 169 玉みがく露ぞ枕にちりかかる夢おどろかす竹のあらしに
70 185 露しげく淺茅しげれる野になりてありし都は見しここちせぬ
71 185 これや見し昔住みけむ跡ならむよもぎが露に月のやどれる
72 186 おもひおきし淺茅が露を分け入ればただわずかなる鈴虫の聲
73 188 あはれ知る涙の露ぞこぼれける草のいほりをむすぶちぎりは
74 192 鳥邊野を心のうちに分け行けばいまきの露に袖ぞそばつる
75 193 はかなしやあだに命の露消えて野べに我身の送りおかれむ
76 193 秋の色は枯野ながらもあるものを世のはかなさやあさぢふの露
77 193 思ひ出でて誰かはとめて分けもこむ入る山道の露の深さを
78 199 消えぬべき露の命も君がとふことの葉にこそおきゐられけれ
79 200 あだに散る木葉につけて思ふかな風さそふめる露の命を
80 200 我なくば此さとびとや秋ふかき露を袂にかけてしのばむ
近衞院の御墓に、人に具して參りたりけるに、露のふかかりければ
81 202 みがかれし玉の栖を露ふかき野邊にうつして見るぞ悲しき
82 207 いにしへのかたみになると聞くからにいとど露けき墨染の袖
83 208 きえぬめるもとの雫を思ふにも誰かは末の露の身ならぬ
84 208 送りおきて歸りし道の朝露を袖にうつすは涙なりけり
85 210 とへかしな別の袖に露しげき蓬がもとの心ぼそさを(寂然)
86 210 分けいりて蓬が露をこぼさじと思ふも人をとふにあらずや
87 210 へだてなき法のことばにたよりえて蓮の露にあはれかくらむ
88 211 露深き野べになり行く古郷は思ひやるにも袖しをれけり
89 212 はかなくて行きにし方を思ふにも今もさこそは朝がほの露
90 212 いづくにかねぶりねぶりてたふれふさむと思ふ悲しき道芝の露
91 212 しにてふさむ苔の莚を思ふよりかねてしらるる岩かげの露
92 212 露と消えば蓮臺野にを送りおけ願ふ心を名にあらはさむ
93 213 世の中のうきもうからず思ひとけば淺茅にむすぶ露の白玉
94 213 誰とてもとまるべきかはあだし野の草の葉ごとにすがる白露
95 213 さゝがにの糸に貫く露の玉をかけてかざれる世にこそありけれ
96 213 さらぬこともあと方なきをわきてなど露をあだにもいひも置きけむ
97 215 つらなりし昔に露もかはらじと思ひしられし法の庭かな
98 227 秋の野のくさの葉ごとにおく露をあつめば蓮の池たたふべし
99 228 夏草の一葉にすがるしら露も花のうへにはたまらざりけり
100 238 むぐらしくいほりの庭の夕露をたまにもてなす秋の夜の月
101 238 秋の野をわくともちらぬ露なれなたまさく萩のえだを折らまし
102 240 あはれみえし袖の露をばむすびかへて霜にしみゆく冬枯の野べ
103 241 あさぢ深くなりゆくあとをわけ入れば袂にぞまづ露はちりける
104 246 九品にかざるすがたを見るのみか妙なる法をきくのしら露
105 274 露つつむ池のはちすのまくり葉にころもの玉を思ひしるかな
106 276 萩が枝の露にこころのむすぼれて袖にうらある秋の夕ぐれ
107 280 思ひおく人の心にしたはれて露わくる袖のかへりぬるかな
108 282 なき人をかぞふる秋の夜もすがらしをるる袖や鳥邊野の露
109 61 うつり行く色をばしらず言の葉の名さへあだなる露草の花
110 64 あきの夜に聲も惜しまず鳴く虫を露まどろまず聞きあかすかな
111 68 よもすがら妻こひかねて鳴く鹿の涙や野邊のつゆとなるらむ
112 93 岩間せく木葉わけこし山水をつゆ洩らさぬは氷なりけり
113 153 人はうし歎はつゆもなぐさまずこはさはいかにすべき心ぞ
114 189 つゆもありかへすがへすも思ひ出でてひとりぞ見つる朝がほの花
115 191 ながらへむと思ふ心ぞつゆもなきいとふにだにも足らぬうき身は
116 199 吹き過ぐる風しやみなばたのもしき秋の野もせのつゆの白玉
117 229 たちゐにもあゆぐ草葉のつゆばかり心をほかにちらさずもがな
118 238 萩が葉につゆのたまもる夕立ははなまつ秋のまうけなりけり
119 241 いとへただつゆのことをも思ひおかで草の庵のかりそめの世ぞ
120 244 いかでわれ谷の岩根のつゆけきに雲ふむ山のみねにのぼらむ
121 260 なげきよりしづる涙のつゆけきにかこめにものを思はずもがな
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入力 2006年2月12日
入力者 阿部 和雄
底本 岩波文庫第62刷