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もみの木エッセイ集


 
◎ 堺の包丁

 先日、おろしたての堺の包丁で手を切った。使い始めて30秒も
経たない内に、である。
 その瞬間、徒然草の「よき細工は、少し鈍き刀を使ふと言ふ。(第二百二十九段)」
という段を思い出した。私にはよき細工というのは、関係はないが、
「ああやっぱり鈍き包丁の方がよかった」と思った。
 わが家の押入れの奥には、堺包丁の菜切り包丁、出刃包丁、刺身包丁の
三点セットが、数年前より、木箱に入ったまま仕舞ってあった。刀のような鋭い
刃先を見ていると、使いこなせる自信がなかったからである。もう、ほとんど
忘れかけていたのだが、今まで使っていた包丁が古くなり、一大決心をして
木箱から取り出した。
 使う前には、包丁を机上に置き、これからの無事を祈って手を合わせた。
しかし、刃先が軽く当たっただけで右手の親指に切り傷ができた。大蒜の皮を
剥こうとした時だった。
 私の使い方が間違っていたのかもしれない。
 傷の処置をした後、即時、刃先を包んで元の木箱に仕舞った。これでまた
数年間は押入れの中に入ったままになるだろう。 
 堺の包丁は、全国でも有名である。ポルトガルからタバコが伝わった頃、
タバコの葉を切る包丁の需要が高まって製造されるようになり、その後、
料理包丁も作られるようになったとのこと。
 堺包丁の起源はもっと古く、仁徳天皇御陵(百舌鳥古墳群)築造の頃まで
遡るそうである。当時、この大規模工事のために、クワやスキが必要になり、
全国から職人が集まり、そして住み始めたのだ。始まりは、農機具である。
  少し横道に逸れるが、堺のある料亭では、今でもそのクワを鉄板にして、
牛へれ鍬焼きを食べさせてくれる。私も送別会などで数回いただいたことが
あるが、高級懐石料理だ。
 切れ味を体感した私の傷は、親指の腹を斜めに切った傷である。受傷時、
親指と人差し指とを合わせて暫く止血し、カット絆を二重に強く巻いて圧迫固定をした。
本当は、すぐに受診をした方が、早期にきれいに治るとは思ったが、新しい療法と
いわれる湿潤療法を試みている。傷口に被覆材を貼って約1週間になる。
もう少しで癒えると思っている。
 今回、堺の刃物の切れ味を体感して、料理人の凄さをあらためて感じた。
 堺の刃物製作所のHPを見ると、「あなたにぴったりの包丁をお探しいたします」
という製品案内も書かれてある。よく見ると、職人用、家庭用などたくさんの
種類があるのだ。
 知識の無い私が今更言うことではないが、上手に使いこなすには、やはり
その特徴や基本的な使い方の勉強をしないといけないのだ。
 今まで、自己流で包丁を使ってきた私であるが、これを機会に、私にあった
新しい鈍い包丁を探してみようと思っている。
                          (2006/07/18)


 
◎  応急手当普及員講習会のこと

 八月の初旬、応急手当普及員講習会へ参加した。職場では職員の夏期休暇が
交代で入っている時期ではあったが、快く出席させてくださった。三日間
二十四時間の講習である。
 講習場所は、消防組合本部講堂である。
 市役所や事業所から約七十数名の参加者があり、七、八名ずつのグループに
分かれて、救急隊員であるインストラクターが指導してくださった。
 私のグループは八人で、内五名が、私の息子と同じ年代の若者達であった。
 カリキュラムは、応急手当の重要性から始まり、解剖生理、日本版救急蘇生
ガイドライン、心肺蘇生法、感染・資材の取り扱い、AED操法他である。
 同じく、息子とあまり年の変わらない救急救命士のインストラクターが担当して
くださった。わかりやすく丁寧な指導だった。
 初めに、この研修の目的は、バイスタンダーを育てる(そばにいる人が手当てを行う)
ための普及をすること。そのためには、自分自身がよいバイスタンダーになること。
というお話があった。
 心肺が止まって、脳細胞が死んでしまうと回復はしない。救急車が来るまでの間に、
バイスタンダーが心肺蘇生法(CRP)やAEDで処置をすることが大切である。
心肺蘇生法は、心肺脳蘇生法とも言われるのだ。
 実技研修を終えた後、お互いに講師や生徒になって、指導や質問をしあった。
 話し方の練習である三分間スピーチでは、「製油所で事故があったときには、
駆けつけて救助にあたりたい」と話された若者もいた。
 三日間の出会いではあったが、グループのメンバーは、真面目で積極的な
姿勢の人達ばかりであった。この秋には、遠距離恋愛を実らせてゴールインをする人、
息子の少年野球の指導員をしている人、趣味でサッカーをやっている人、税務課の
窓口で、いつも苦情を言われて応対している人などもいた。
 三日間が無事に終わり、みんな揃って、めでたく「応急手当普及員認定証」を
いただくことができた。三年後の再講習では、再会はできるかどうかわからないが、
それぞれの職場で、安全管理にも気をつけて頑張ってほしいと願った。
 現在、私の通勤の鞄には、小さな袋にフェイス・シールド(心肺蘇生法の時に
使用する口に当てるシート)が入ったキーホルダーが入っている。今後、これを
使用する機会がないことを願っているが、もしも、そういう事態に出くわした時には、
私もよいバイスタンダーでありたいと思っている。
 先日、同じ講習を受けられた保育所の保護者の方が、「何かお手伝いを
することがありましたら、いつでもさせていただきますよ」と声をかけてくださった。
 「応急手当」の育児講座を提案してみようと思っている。
                        (2006/08/12)