もどる

    
もみの木エッセイ集


◎  愛情レシピ

 息子の友人のお母さんが生前に書かれていた「料理のレシピ」を読ませていただいた。
まだ20代で、未婚である息子さんと娘さんのために、お母さんが病気療養中に、自宅で、
あるいは病床で、心を込めて書かれた「料理の作り方ノート」である。
 亡くなられた後、ご主人が記念として編集され、冊子にして知人に配られたのである。
 自筆のノートがベースになっている冊子には、しっかりと力強く書かれてある字や
盛り付けの絵が入っていて、誠意と説得力が感じられるレシピである。
 目次は103まであり、最初のページには、「すき焼きの掟」が書かれてある。
割り下(醤油1・さとう1・酒3)、そして具の配置を示す鍋の絵が書かれてある。
中には、蟹のむき方(ハサミを使わずに)や二杯酢、三杯酢や天つゆの作り方まで、
微にいり細にいり書かれてある。
 大根の葉とちりめんじゃこの炒めもある。
 私は、見ているうちに目頭が熱くなってきた。料理のレシピを見ながら、涙を流すのは
初めてである。
 献立の内容より、筆者の思いが伝わってくる。まだまだ生きて、子どもたちに教えて
あげたかったことや家族に尽くしてあげたかったことがたくさんあったであろうと思う。
 自分の体力の限界を感じたとき、
「お母さんがいなくなっても、あなた達、しっかりやるのよ。元気で、これからは
自分でやるのよ。そして、幸せになってね。」
 という気持ちを込めて、書かれたに違いない。料理のレシピに託したのだ。
 最後の数ページには、料理以外のことも書かれてあった。
 洗濯の仕方、靴の磨き方、畳・絨毯の手入れ、収納、梅干のつけ方、缶詰の
製造年月日の見方まである。読んでいるうちに、ここまで詳しく書かれた、筆者の
気持ちがひしひしと伝わってきて、胸が熱くなってきた。
 「もっと長生きして、子どもさんの行く末を見届けてあげたかったでしょうね。」と
語りかけたくなる。
 私は、残念なことに、生前中にはお会いしたことはなかったが、主婦として母親として、
家族に精一杯の愛情を持って関わってこられた様子が伺われる。
 この本の題名には、「美鈴の愛情レシピ」
 ~アイディアいっぱい・思い出いっぱい〜
 SHE MADE US A DELICIOUS FULL LOVE DISH
 と書かれてある。
 奥様の気持ちを受け止めて、このノートを冊子に編集されたご主人も、
きっと素晴らしい方だと思う。
 子どもさんもご主人も、これからも、このレシピを大切に守っていかれることだろう。
 読み終わって、私なら、子どもや家族に何を残してあげることができるだろうかと、
あらためて考えさせられた。
                             (2006年8月27日)

◎  
縁は異なもの味なもの

 この春、職場の事務員さんが皆の予測通り異動になった。Fさんは、この
保育所では、一番古く、事務的なことはもちろん、何でも親切に皆の世話を
焼いてくれた。
 残されていく私たちは、大分不安であった。
 彼女の異動が決定したとき、彼女に甘えていた私は、もっと自立しなければと
心を引締めなければならなかった。
 年度末のある日、私がちょうど休みだった日に、新しい事務員さんがやって来て、
事務の引継ぎがあった、とのことであった。
 私がFさんに、
「今度来られる事務員さんって、どんな人?」
と尋ねると、
「Yさん(私のこと)のこと、知っているって、言ってましたよ」
と言われた。 
「えーっ、なんていう名前の人?」
「以前はI保育所にも居てたそうですよ」
ということであった。
「えっー?もしかして、Sさん?」
と言うと、
「そうそう」
と言うことであった。
 18年前に、1年間ではあるが一緒に勤務した人であった。私は、“人生には、
そういう縁もあるんだなあ”と、感慨深く思ってしまった。
 新しい年度になって、いつもと同じく、少し早めの時間に出勤すると、すでに
出勤していたSさんは、事務所の前で、
「おはよう」と私を出迎えてくれた。
 私より、一回り以上、若い彼女ではあるが、18年間の年月が無かったかのように、
あらたまった挨拶もなく、よく言えば気さくに話し始めた。
 私は、相変わらず、彼女らしいなあと思った。
 彼女は、“また保育所に勤務になるとは、思ってもみなかったこと
”そして、“今日、電車の中で、かつての私たちの上司だったT所長さんに会ったこと”
“そして、その所長さんに自分の転勤のことを話すと、「Yさんが一緒だから大丈夫よ」と
言ってくれたこと”
等を話された。
 そう言われると、なぜか私も彼女の後見人のような気持ちになってくる。
 今でも覚えているのは、18年前に、私が他の保育所に異動が決まったとき、
机を並べて座っていた彼女に、しみじみと、
「1年間だったけれど、一緒に仕事ができて、よかったと思っている」
と話したのを覚えている。すると、彼女も、
「私もそう思っている」
と言ってくれたのを覚えている。
 歳は違うが、二人共、4月4日生まれ同士である。縁は異な物、味な物である。
                                 (2006年10月11日)