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もみの木エッセイ集
◎ 山梨―甲府
小学5年生の時、県名と県庁名を覚えた。
運動会の障害物競走で、初めに県名の書いてある札を拾い、
次のコーナーで県庁名の札を探して拾い、ゴールインする
競技があった。
私たちは、運動会前に懸命に暗記した。
仲よしだった友人と一緒に覚えていたとき、
「私のお母ちゃんは、松江という名前だから、“島根は松江、
松江は母ちゃん”と覚えている。」と言ったので、島根については、
その言い方で覚えることにした。
山梨―甲府、群馬―前橋、茨城―水戸、埼玉―浦和等など、
反芻しながら覚えた。
その甲府に、この秋、小児研修会で行くことになった。
「山梨―甲府」の甲府である。
10月26日午後からの研修に間に合うように、友人と二人で、
前夜、大阪駅から夜行バスで出発し、翌朝、甲府駅に着いた。
甲府駅前には、大きな武田信玄像が高い台座に座り、
私たちを見下ろしていた。
午後の研修が始まるまでの間、県立美術館へミレーの絵を
見に出かけた。ミレーの絵の中でも、かつてアメリカの
ロックフェラー夫人の寝室に飾ってあったという「落穂ひろい」には、
心が魅かれた。農婦の赤いスカーフや青い服、そしてセピア色の
背景などは、彼の得意とする描き方、とのことであった。
山梨の風景には、ミレーの絵が似合っていると思った。
アピオ甲府で行われた研修のテーマは、「子どもを取り巻く
危機にどう立ち向かうか・安全な環境を求めて」であった。
子どもの安全面、予防接種、アレルギーの治療の考え方、
愛着障害等について、新しい情報や考え方を勉強することができた。
中でも、エッセイストで家族カウンセラーである宮本まき子氏は、
「21世紀型子育てを模索する?現代は本当に親子の危機か?」
という題で、ユーモアをまじえながら現代での子育てのポイントに
ついてお話しくださった。
研修場には、甲府の地酒、葡萄酒、葡萄、お菓子等の
お土産を販売しているコーナーもあり、研修の合間に葡萄酒の
新酒の試飲をしていた友人が、会場の隣席で
「飲みすぎて、少し気分がわるくなりましたわ。」とつぶやいていた。
冷やした新酒も美味しかった。
出席者が発表する一般演題の中に、『保育科教科「小児栄養」
における郷土料理の応用―「ほうとう」を離乳食に取り入れた実践』
という発表があったが、夕食に「ほうとう」を食べてみて、離乳食に
ぴったりであると思った。たっぷりの野菜と、お団子のような
おうどんに似たものが入っていて、赤ちゃんからお年寄り
までが美味しくいただける鍋物であった。伝承されている
郷土料理のよさに、あらためて感心させられた。
研修から帰ってきて二日後、友人から来年度の小児保健
研修場所を尋ねる電話があった。先日、パンフレットを見て
いた私は、印象に残る場所であったので、覚えていた。
「来年度は群馬の前橋ですよ。」と答えた。
(2006年11月12日)
◎ 「ハイ」と受けること
9月に大阪で開催された保育園保健学会が無事に終わった。
会員であり運営委員である私は、地元の大阪で行われる学会で
あったので、依頼されるままに手伝った。今回は、大阪のある
大学医学部のN教授が会頭をされ、大阪の小児科医会も
手伝われた。
学会へは、全国から集まって来られた。
初めは、私は運営委員になることについては、不満があった。
プログラムを見ると、受講したい講演がたくさんあるにも関わらず、
受講ができなくなるからである。そして、地元の保育所保健
協議会からの発表が一件も入っていないことについての
不満もあった。
学会は大阪国際会議場であり、出席者は約400名であった。
私は、講師受付や会計等を担当していた。
当日は、本部の総責任者の下、各部署の担当者や大学の
保健学科の学生さん達にも手伝ってもらった。あわただしく緊張
した二日間ではあったが、皆で協力し合って遂行していくうち、
やりがいを感じるようになった。
大きな支障もなく、学会は無事に終わった。
慰労会開催の連絡をいただいたのは、数週間後のことであった。
初めは快く手伝おうと思っていなかった私であるので、慰労会
へは欠席をしようと思っていたが、同じ運営委員だった友人の
誘いもあり、出席することになった。
ファックスで送っていただいた地図を片手に大阪まで出かけて
いった。近鉄堂島ビル近くのおしゃれなレストランだった。
会頭先生を中心に十数名の参加であった。
二つのテーブルの内、私は会頭先生とは別のテーブルだった。
私と同じテーブルに座っていた小児科医で嘱託医でもある若い
A先生が、
「今回の学会は、保育所保健であるにも関わらず、どうして、嘱託医側
からの発表がなかったのでしょう?」
と同じく若いB先生に話していた。素直な質問であると思った。
すると、B先生は、
「先生、一度、そんな風に、直接聞いてみてくださいよ。」
と、言いながら笑った。私も笑った。
同じことを思っていたのは、私だけではなかったのだなあと
思ったからだ。私も、保育所保健担当者の現場からの発表を
何故入れなかったのだろうと思っていたからだ。そして、
雑談の中で、B先生は、
「何でも、ハイですよ。今回の総責任者もハイでした。」
と言われた。それを聞きながら、「ハイ」と素直に、総責任を受けられた
B先生は、この学会を乗り越えて、成長されたなあと感じた。
「させていただく」ということは、やはり、何かを「いただく」こと
なのだなあと思い、私は、私自身を反省していた。
(2006年11月17日)