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もみの木エッセイ集

◎ 母の骨折

 八十二歳の母が美容院からの帰り道、家の前の平らな道路で小さな砂利に
つまずいて転んだ。勢いよく歩いていたせいか、おもいっきりアスファルトに左肩を
ぶつけて倒れ、左肩関節骨頭下を骨折した。
 市立病院で診ていただくと、骨粗鬆症もあり、骨頭が細かく砕けていて、人工骨を
入れる手術が必要であるとのことであった。
 今まで入院経験のない母は、気弱になり手術をすることを嫌がった。私は検査に
付き添って院内を周っている間、
「亡くなったおばあちゃんも、ちょうど同じ年齢の頃に転んで大腿部の骨頭を
骨折したけど、手術後はまた元気になったね」
等と、母に希望もたせるように話した。
 そして、名古屋の妹に、母が怪我をしたことを連絡すると、専業主婦の妹は、
名古屋の病院で手術をすれば私が看病できるから、紹介状を書いてもらって
欲しいと言ってくれた。
 普段から大阪のわが家以外へは出て行かない母であるので、話しても無駄では
あると思ったが、その旨を話すと、案の定嫌がり、今までとはうってかわった態度で、
「先生、こちらで手術をお願いします」
と積極的に主治医にお願いしていた。
 手術当日は、私と名古屋の妹が付き添った。
午前中に主治医からの手術説明があり、母と私と妹の三人でお話を伺った。
私の息子とあまり歳が違わないくらいの若い穏やかな先生だった。
 母は、骨が脆くなっているという先生の話の途中、何を思ったのか
身の上話を始めた。
「一番上のこの子が六年生で、この二番目の子が4年生で、一番下の東京に
居る子が小学校一年生だったときにお父ちゃんが病気で亡くなって、その時、
人間って何でご飯を食べないと生きていけないんやろうと思った。だから、
私はあまり食べたくなくなったから骨が弱くなったんやわ」
と言った。私は笑って、
 「お母ちゃん、今までご飯は食べていたやないの。骨が脆いのは長い間タ
バコを吸っていたから、その影響もあるのと違うかな」
と言うと、先生も妹も一緒に笑っていた。
 思いがけないときに、母の想いを聞かせてもらった。手術後は、東京にいる妹も
やってきて、母の話し相手になってくれた。
 現在、術後のリハビリをしている母は、新館の居心地のよい病室と美味しい
食事が気に入り、時間を決めては呆け防止の漢字ナンクロにも取り組み、
午後は談話室で歳の近いお年寄りたちとおしゃべりをして過ごしている。
 今夕も仕事帰りに病院へ寄ると、四国生まれの母は、
「あんたの作ったおうどんも食べたいけど、もうしばらく病院に居るわ」
と話していた。
 年末年始には外泊ができるそうである。 
                     (2006年12月15日)

◎ 
子どもの発達とメディア

 昨今、テレビ・ゲーム・パソコンなどのメディアが子どもに与える影響について
問題視され、その対応について啓発されている。
 昨年12月に信州大学医学部大学院の助教授である寺沢宏次先生に
「子どもの発達とメディア」についてお話を聞かせていただいた。
同氏の著書には、『子どもの脳は蝕まれている』がある。
 講演の中で、寺沢先生は子どもの発達とメディアの影響について、

・子どもは運動をさせないと脳は発達しない
・運動とコミュニケーションが脳を発達させる
・テレビはそれらを奪ってしまう

等、運動とコミュニケーションの重要性を話された。中でも、
“雪は1日くらい積もっても問題はないが、1週間、数週間、そして数年と
積もっていけば大変なことになる”
と例えられた言葉に危機感をもった。
 私は、この研修を受ける少し前に、保育所の保護者に対して、家庭での
テレビやゲームに関わっている時間やその対応について、簡単なアンケートを
とらせてもらっていた。
 その結果、約2割の家庭はテレビはつけっぱなしであり、中には、つけている
ことによって知識が得られるという意見も書かれてあった。幼児でも休日などは
4、5時間以上もテレビやゲームをしている子どもがいる。
 私はアンケートの結果を、独立行政法人国立病院機構仙台医療センター
小児科から出されているパンフレットを参考にし、
“メディアは人間同士のコミュニケーションの時間や、人間として生きるための
社会力や身体力を培う時間を奪い、親子や人間の絆の形成を阻害すること。
学校の現場で問題になっている多様な社会的現象や反社会的事件の背景に
ある複数犯の一つは、不適切なメディアとの接触であること。”
等を抜粋して啓発させていただいたところであった。
寺沢先生の研修についても、早速保育所の職員にも伝達し、保護者宛の
保健だよりにも書かせていただいた。
 その後、ある保育士さんと何気なくこの研修の内容について話をしていたとき、
「でも最近は、学校から帰っても、交通事故や誘拐など、昔と違って心配する
ことが多いですからね。家庭で遊ぶとなれば、やはりテレビやゲーム関わって
しまいますからね」
と言われた。
 またわが家においても、最近出産を控えた娘が二歳になる孫を連れて
帰ってきているが、子どもにテレビを見せないようにと思えば、大人も
見るのを我慢しなければならない。パソコンにも興味を持っている。
メディアの問題は、なかなかメディアでは問題にしてもらえないところがあり、
子どもを取り巻く大人たち自身が、その影響について真剣に考え、
社会全体で取り上げていかなければ大きくは変わらないのではと思う。
                      (2007年1月8日)