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もみの木エッセイ集 48
◎ AEDミニ研修
十月に私の勤務する保育所にもAEDが設置された。
医師・救急救命士等しか認められなかったAEDの使用が、三年前より
一般市民にも使えるようになった。救急車が到着するまでの時間は、
全国平均で約六分であるが、一刻が争われる。呼吸が止まってから
二分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は九〇%程度であるが、
四分では五〇%、五分では二五%程度と、数分の戦いになる。これは、
ドリンカーの生存曲線という表で表される。
先日までは、主な公共施設にしか設置されていなかったが、早速、
私の勤める保育所にも設置ケースが届き、AED本体の配達と説明を兼ねて、
購入元の業者が保育所を訪れた。使用説明書きの書類やCD、
付属品を持って来られ、メンテナンスのことなども話して帰られた。
私は現在、応急処置普及員の資格を持っているので、すでに近くの
消防署からAEDを借りてきて、職員対象の研修は終了していた。
本物のAEDが入ってからは、ケースからの取り出し方法や大人用や
子ども用のパットの取り替え方法などの研修も行った。
配送されてきたAEDは、赤い四角いカバンに入っており、高機能の機器で
あるにもかかわらず、四角い湯たんぽのようなかわいい形をしていた。
AEDが設置されていることを示す「AED」と書かれた貼紙も収納庫の
近くに貼ったり、保育所の門にも貼って、近隣の民家や通りすがりの人達にも、
使用してもらえるように掲示した。
AEDの保育所設置に対しては、保護者の関心度も高く、
「AEDが入ったんですね」
とか、
「どんな風に使うか知りたいです」
と職員に声をかける人達もあった。
そこで、施設長と相談の結果、保護者向けにAEDのミニ研修会を
行うことになった。
十月には、1週間を通して「保育参加」という保護者参観の行事があるので、
その後の時間を利用して、その日の参加者を対象に、毎日行うことになった。
本物のAEDでは、練習が出来ないので、日程に合わせてトレーナー用の
AEDを借りる手配をした。
そして、「保育参加」の週になり、ミニ研修会が始まった。主な内容は
AEDの使い方であるが、心肺蘇生法と咽の異物除去法も行った。昨今、
コンニャクゼリーやお餅で、咽を詰まらせたというニュースをよく耳にする
からである。第一日目は保育参加者が少なく、二名の参加であった。
まず、資料であるプリントを配り、約十五分間のAEDについてのビデオを
観ていただいた。そして、次にトレーナー用のAEDの出番である。
レサシアン人形を寝かせておいて、まず、私が手技を見せた。
「ここに誰かが倒れているとします。この時、周りも見ないで駆けつけると、
自分も車などの事故に巻き込まれるときがあります。救助者は、まず自分の
安全を確かめなければ、相手を救助できません」
レサシアンの人形の横にひざまずき、片手を人形の額に手を置き、
もう一方の手で肩を叩きながら
「“もしもし”と声をかけます。初めから大きな声で声をかけると、意識が
ある人だと、びっくりしますから、初めは低い声で、そしてだんだん大きな声で
“もしもし”と呼びかけます。呼びかけても返事がない場合、“意識なし”、
周りの人に救急車を呼んでもらいます。AEDも持ってきてもらいます。
この時、“誰か、救急車呼んでください”と言うだけではだめです」
一人の人を指差して、
「“あなた、赤い服を着ているそこのあなた、救急車を呼んでください”そして、
“そこの男の方、AEDを持ってきてください”、と指摘して頼みます。次に、
下顎を挙上し、気道を確保し、呼吸の確認、循環の確認をし、心肺停止の
場合は、心肺蘇生法を開始をします。現在は、吹き込み二回、心臓マッサージ
三〇回になっています」
手元に配った印刷物を参考に見てもらいながら、私の心肺蘇生法の手技を見てもらう。
AEDの使い方を実際に体験してもらうために、保護者のAさんにお願いして、
トレーナー用のAEDを、持ってきてもらった。
「私が心肺蘇生をしている間、AEDを開いて、パットを貼ってください。
蓋を開けると、アナウンスガイドが入りますので、その通りに行ってください」
Aさんは、AEDの蓋を開いて、パットを出し、レサシアン人形に、説明図の
通りに、胸に二枚のパットを貼った。スムースに貼ることができた。パットを
貼って、しばらくすると、AEDは状態を解析し始める。そして、アナウンスガイドが入る。
パットがしっかり密着していないと、
「パットを、貼ってください。」
というアナウンスが入る。密着していれば、次の段階に進み、
「ショックが必要です」
というアナウンスになる。
オレンジ色のスイッチボタンが光りながら、
このボタンですよ、と導いてくれている。
「ボタンを押してください。体に触らないでください。体に触らないでください。」
というアナウンスガイドが入り、Aさんは、オレンジ色のスイッチを押した。すると、
「ショックが完了しました。このまま、心肺蘇生法を続けてください」
という、アナウンスが入り、心肺蘇生法を再開した。救急車が到着するまで
継続するのである。
最初の一日目は、出席者も少なく、ゆっくりとスムーズに行うことが出来た。
「保育参加」の二日目は、十五名の出席であった。ミニ研修にもそのまま
出席してくださり、前日と同じプログラムで行った。
出席者の保護者の中には、保育士や学童保育指導員、介護士の人達も
いて、皆熱心に聞いてくださった。
ところが、やはり心配していたことが的中した。AEDのパットの装着が
上手くいかなくなった。胸の指定された部位に貼ってもらったが、密着
できないために、アナウンスガイドが次に進まないのである。パットの装着部は、
ゼリー状になっているので、長く使っていると、乾燥したり、ゼリー状の部分が
少なくなってきて、密着できないのである。
「パットを、貼ってください。パットを貼ってください。」
というアナウンスが何度も繰り返されて、次の段階に進めない。こうなると
、肝心のショックのボタンを押すことが出来ない。
研修の途中、仕方がないので、私は黒子になることを決心した。
「すみません。このパットは、昨日までは使えていたんです。密着して
貼れなければ、次に進みませんので、今日は、私が、パットを上から押さえて
密着させます。本当は、ショックのスイッチを押す場合は、体に触ると、電気が
心臓を通るように流れないので、触ってはいけないんですが、私はここに
居ないものと思って、くださいね。」
と断って、二箇所のパットを、上から押さえつける。すると、
「ショックが必要です」
というアナウンスガイドに変わり、
「体に触らないでください。体に触らないでください」
というアナウンスが入り、オレンジ色のスイッチが光った。そのスイッチを、
保護者の方に押してもらった。その間、私は何度も、
「すみませんね。本当は、体に触ってはいけないんですよ。私は居ない
ものと思ってくださいね」と繰り返していた。
二日目のミニ研修会終了後、早速、市役所の係りに電話をして、状況を話し、
パットを取り替えて欲しいと連絡した。すると、現在発注しているが、まだ
来ないのだと言われる。交換用のパットは、二、三万円するらしく、トレーナー用の
AEDを購入した時には、その消耗品の予算までも考えていなかったようである。
しかし、明日からのミニ研修会を急に止めるわけにもいかない。明日からも、
積極的に出席してくださる予定であった。
三日目、四日目、五日目と、出席人数に合わせて、研修内容を工夫した。
本物のAEDの大人用と子ども用のパットの取り替え方の説明をし、
不備のあるトレーナー用のAEDでは、毎日、私が黒子になって、両手で
パットを押さえつけ、ショックを実行するボタンを押してもらった。
そして、ベビーレサシアンを使っての咽の異物除去、大人がお餅を
詰まらせた時の対応なども実施した。時間の余裕があるときには、
心臓マッサージの方法も説明した。
一分間に百回であること。三〇回押す時は、「一、二、三〜」と数えてもよいし、
「もしもしかめよかめさんよ。せかいのうちでおまえほど、あゆみののろい
ものはない、どうしてそんなにおそいのか」と歌いながら押すと、ちょうど
三〇回になる等など、余談も交えた。
ミニ研修会出席者は一週間総計で約五〇名、全保護者の約半数の
出席であった。
短時間の研修会ではあったが、孫のことを考えながら、わが娘や息子に
教えるような気持ちで行った。出来ることなら遭遇しないで欲しい事故では
あるが、将来、やむなく出遭った時には、少しでも役立てていただきたいと
願っている。
(2008年12月17日)