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もみの木エッセイ集 54

◎ 
シラミ発生時の対応

 昨夜に続き、今夜も眼が覚めた。あれこれと対策を考えていると寝付かれない。

 いくら家庭事情があるとはいっても、3日間でシラミの成虫や幼虫が70、80匹。
このままでは本人が可哀相であるし、保育所の他の児童へも感染する。
 集団感染になれば対応がもっと難しくなるだろう。毎日、全児童の頭髪検査や
午睡時の寝具類の衛生管理にも気をつけなければならない。多発すれば、
職員総出で、児童の卵の付いている頭髪を、1本1本、ハサミで切って
採ることも考えないといけない。

 もう少し具体的に対応策を整理してみよう。
 眠る努力はやめて、起きることに決めた。もう明け方の3時過ぎになっていた。

 近年、保育所や幼稚園、小学校などでは、シラミ発生が珍しくなくなっている。
保育所で発生している子どもの中には、小学校に通っている姉妹や従姉が
居ることが多い。学校では、保育所のように定期的に頭髪検査を行うことは難しく、
発生状況を確認していないことも多いようである。
 今年の4月、私が勤めている保育所でも、小学校の姉から感染したという
女児が1名いた。女児の保護者は、早期に保育所へ連絡をしてくださり、
駆虫剤であるスミスリンシャンプーを薬局で購入し、家族全員でシラミを
駆虫された。
 ほとんどの保護者は、「シラミが発生した」という事態を深刻に受け止め、
慌てて対応してくれる。
 しかし、中には、様々な家庭事情があり、なかなか早期対応をしてくれない
家庭もある。二人の小学生の姉がいるA子ちゃんもそうであった。数ヶ月間に
渡っても駆虫が出来ない。家族内感染もしているらしい。
 駆虫剤であるスミスリンシャンプーの難点は高価であるということである。
一人分の駆虫剤は約3千円かかる。家族全員で駆虫をすれば、1万円以上も
かかるのである。
 薬剤を使用しなくても、毎日根気よくブラシで掻き落とすように丁寧にシャンプーを
すれば、シラミの生態から考えても、約10日〜2週間で駆虫出来るだろう。しかし、
それもやってもらえない。
 最後の手段として、保育所でスミスリンシャンプーを購入し、保護者の許可を得て
保育所でシャンプーをする、という方法も考えられないこともない。しかし、
よく考えれば、それも一時的な効果でしかない。家庭内感染があるので、
また数日で再感染するのである。

 数年前のことであるが、保護者の許可を貰って毎日保育所でシャンプーをし、
風邪をひかないようにドライヤーで乾かして、駆虫した児童は、お正月休みが
明けると、再感染していた。保育所で出来る対応は限られている。

 今回の対応は、毎日、事務所の職員で、クラス全員の頭髪を検査し、駆虫できて
いない児童を、人目のつかないように、事務所の片隅に呼び、卵の付いている
髪の毛を1本、1本切って、ナイロン袋に入れ、梳き櫛で髪の毛を丁寧に梳き、
梳き櫛に付いた幼虫や成虫をセロテープで取って、用意した紙に貼り付けていく。
そして、保護者にも見せて、このようにお家でも採ってあげてくださいと、繰り返し
お願いする。保育所での駆除は、保護者にも許可を得ている。
 集団感染予防のための地味ではあるが積極的な作業を毎日繰り返す。

 しかし、いくら家庭に事情があるとはいえ、こんな消極的な対応でよいのだろうか。

 すでに他の児童2名にも感染したが、毎日全児童の頭髪を観ているので、
すぐに対応できた。しかし、油断をして、また他児に感染するようなことがあれば、
その内、他の保護者からも苦情が出るだろう。
 A子ちゃんの保護者には、所長やクラス担任からも、数回にわたって、機会を
見つけて話している。家族一斉駆虫もお願いしている。
 しかし、なかなか協力をしてもらえない。
 保護者が抱えている心身症や複雑な家庭事情、経済的な理由も根底にはある。

 いろいろな対策を、堂々巡りに考えている内に、明け方、またうとうとと
眠ってしまった。

 私とシラミとの付き合いはもう二十数年になる。市の保育課に異動になった時、
前任者より、保育所の年間シラミ発件数を衛生部に毎年報告するようにと
申し送りを受けた。初めは、小学校からも発生件数を報告していたようであるが、
数年後には、保育所だけが忠実に報告していたらしく、衛生部の方では、
「シラミは保育所から発生する」と思っていたようである。
 私は、それに気づいた時、裏切られたような気持ちになった。

 当時も、シラミ発生の対応については、直接市民から保育課へ苦情の
電話がかかってくることがあった。
 「保育所で子どもがシラミを貰ってきたので、駆虫をしたが、保育所は汚いので、
今は休ませている。私の子どもは、駆虫をしたが、駆虫もしないで、登所している
子どもがいる。しらみは出席停止にはならないのか。保育所長も、積極的に
駆除対策をしている様子が見られない」
 等というものであった。
 真摯に受け止めなければならない声であった。今も現状は、変わっていない。

 私は、最近、保育所保健研修等に参加したときには、感染症についての
質疑応答で、返ってくる答えはわかっているにも関わらず
 「学校や保育所では近年、シラミの感染症が流行していますが、スミスリンシャンプーは、
医療機関で、保険で出していただけないのでしょうか」
 と尋ねている。その都度、
「残念ながら、保険では処方できません。」
と言われる。無駄だと思いながら、敢えて何度も尋ねている。安価であれば、
もっと早期に対応をしてもらえるだろう。

 世間では、シラミのことなど耳にするのも嫌で、木枯し紋次郎ではないが、
「あっしには関わりねえことでござんす」
 と、思っている方が多いと思うが、職場の人や知人に尋ねると、子どもが貰ってきて、
家族全員で駆虫しました等と、案外身近なところに迫ってきている。

 保育所でシラミの発生があった時、保護者への掲示については、先ずどのように
知らせようか、と考える。差別や人権問題にも配慮しなければならない。
 お便りや掲示板の文章では、
 「近年、小学校や保育所でも発生が見られます。小流行もあります。」
 と、あまり特別なことではないということを知らせ、
 「清潔にしていても感染することがあります」
 と、あなたが決して不潔にしていたから罹ったのではないですよ、ということも
強調して書く。そして次に、肝心である予防対策や感染時の早期対応に
ついて知らせる。
 一般的な予防と駆除方法は、主に次のようなことである。

○髪はできれば短く切って毎日ていねいに洗いましょう。子どもにまかせないで
  大人の点検が必要です。

○シーツはこまめにとりかえ、布団などの寝具は日光にあてましょう。

○発生したら、駆虫薬品として「スミンスリンシャンプー」があります。薬局に相談して
  ください。ただし、幼虫、成虫には効果がありますが、卵は駆除できません。

○毛髪についている卵を見つけたら、少ないうちに時間をかけて一本一本きりとって
  いくのが一番確実です。

○家族全員の頭髪を調べて、全員駆除する

○掃除は掃除機でこまめにしましょう。

○ご家庭などでも発生した場合は、保育所までお知らせください。

 等である。

 これからの対応について、解決策が思いつかないまま出勤した。

 いつものように、事務所の片隅で、A子ちゃんの頭髪を梳き櫛で梳かしながら、
A子ちゃんと話していると、数日前に他県に住むおばあちゃんが来られたという
話題になった。多分、おばあちゃんは、A子ちゃん一家を心配して来られたのであろう。
昨夜もおばあちゃんが丁寧にシャンプーをしてくれたとのことであった。そういえば、
髪もさらさらしている。A子ちゃんの表情も明るかった。
 おばあちゃんが居てくれている間は、A子ちゃんにとっても私にとっても、シ
ラミとの戦いの小休止になるかもしれないと思いながら、A子ちゃんが得意な
折り紙のことを話題にした。

シラミとの関わりは長いが、未だ対応は難しい。これからも根気よく付き合って
いくしかないようである。
                        (2009年06月30日)