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もみの木エッセイ集 58


  「何故か機嫌が悪いんです」
       〜鎖骨骨折〜

  

 3時のおやつの時間が終わった頃、3歳クラスの担任保育士が私を
呼びに来た。A子ちゃんが何故か機嫌が悪いのだという。
「給食もおやつも食べたんですが、先程から元気がないし、機嫌が悪いんです。
検温もしたんですが、熱もありません」
と、運動場に面した廊下で、元気なく座っているA子ちゃんの様子を説明した。
「A子ちゃん、どこか痛いところあるの?しんどいの?」
 私は尋ねながらA子ちゃんの様子を観たが、3歳のA子ちゃんは不機嫌な
顔をして、なにも言わなかった。両手を自分の膝の上に置いておとなしく
座っていた。私の膝の上に抱っこをして、もう一度お熱を計ろうとしたが、
抱っこをされるのも嫌がった。
 担任保育士に、A子ちゃんの午前中からの様子や、保護者からの朝の
申し送り事項等を聞くと、
「特に変わったことはありませんでした」
とのことであった。
 16時も回り、そろそろ母親が迎えに来られる時間になったので、しばらく
様子を観ることにした。
 そして、母親が迎えに来られた時、A子ちゃんは、食欲もあり平熱であったことを
話し、しかし、
「何故か機嫌が悪い」ことを伝えた。お家でも様子を観ていただくことをお願いした。
 そして、母親がいつものように、送迎用に使っている自転車の後部座席に、
A子ちゃんを抱き上げて乗せようとした時である。
 A子ちゃんは、自分の片方の上腕を抱くように、かばう様にして泣いた。
両脇を持って抱き上げられたことによって、どこかの痛みが増したようだった。
尋常ではない痛がり様に、私達は初めてA子ちゃんの異常に気付いた。
 受診の結果、A子ちゃんの片方の鎖骨にヒビが入っていた。
 しかし、何時、どこでなったのか、原因が判らなかった。
 そこで、担任保育士に、もう一度、今日一日の出来事を思い出してもらった。
「そういえばA子ちゃんは、おやつを食べている時、椅子をガタガタ揺らしながら
食べていたので、椅子ごと転びました。でも、そんなに強い衝撃ではありませんでした」
とのことであった。保育士は、重大な出来事とは思わなかったので、伝えて
いなかったとのことであった。
 保護者に対しては、早急に対応が出来なかったことについて、心からお詫びした。
 A子ちゃんは、2〜3週間の簡易固定で治癒し、予後も良好だった。鎖骨骨折は、
頻度の高い骨折であるが、私が遭遇したのは、このときが始めてであった。
 A子ちゃんは、手を動かすと患部が動くので、手を動かさないように静かに
座っていたかったのではないか、ということ。それで、抱っこをしようとしても
嫌がったこと。あとで思い起こせば、異常サインに気付かされることが多々あった。
しかし、その時の私は、事故発生面からは観察が出来なかった。
 何よりも悔やまれたのは、A子ちゃんの不機嫌さの原因に、早く気付いて
あげることが出来なかったことである。
 もう、30年も前の出来事である。
 貴重な経験として、今後、生かしていきたいと思った出来事であった。
                     (2009年10月2日)