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もみの木エッセイ集 59


  「この子が「頭が痛い」って言うんです
        〜無菌性髄膜炎〜
 
 保育所に入所している児童の保護者は、ほとんどが就労している。そのため、
児童の体調が悪くなってもなかなか職場を休みにくい。保育中に発熱した場合も、
保護者の職場に連絡をさせてもらうが、直ぐにはお迎えには来られない場合もある。

 3歳児クラスのM君の場合も、発熱して早めにお迎えに来てもらった日の翌日も、
「昨夜はまだ熱が高かったのですが、お医者さんに診て貰ったら夏風邪だと
言われて、お薬を出してもらいました。今朝は下がって元気です」
と言って、登所された。
 お母さんの大変さもよくわかりながらも、やはり肝心のM君のことが心配で、
「病気が急性期の場合は、翌朝は熱が下がっても、午後にはまた熱が
上がっていく場合が多いですから、午後に熱が出なくなってから、
登所された方が、こじらさないでいいですよ」
と、私も一言、言わせて貰ったが、母親は、
「今日は休めないんです」
と言われ、急いで職場に行かれた。そして、悪い予測があたり、午後には
また熱が上がり母親に連絡することになった。しかし母親は、仕事の都合で
直ぐには来られない。
 そんな繰り返しの日が2、3日、続いた。
 そして、M君は、3、4日位で熱も出なくなった。
 M君は、普段から性格もおとなしく、保育士の方から話しかけると、やっと
応える位の言葉数も少ない児童だった。
 夏風邪も落ち着いたかと思った、そんなある日、担任保育士が私を呼びに来た。
「M君が、頭が痛いって言うんです」
M君が自分から「痛い」と訴えたのである。担任保育士も、M君が「痛い」と
訴えたことを重要視し、「M君が言うんです」と繰り返し言った。M君は男の子で
あるにもかかわらず、髪の毛を少し長く伸ばしていたので、時々、母親や
担任保育士の手で、ゴムヒモで髪の毛の先を後ろで二つに括っていた。
当日も髪の毛を引っぱるように括っていた。熱はなかった。
 私は、M君の髪の毛を括っていたゴムを外し、M君の横に座って、
詳しく尋ねてみた。
「M君、頭がいたいの?どの辺りの頭がいたい?このゴムで括っていたところ?
それともこの辺り?それともこの辺り?」
と数箇所の部分を押さえて聞いてみると、額の辺りを指差す。
「普段あまり話さないM君がこれだけ言うんだから、本当に痛いんやね」
と話し、母親に連絡することにした。しかし、世間では一般的に、
「発熱イコール重症」、「熱がなければ、まだ大丈夫」と考える風潮がある。
 迎えに来られた母親も、「熱はないのに」と思われたようであるが、直ぐに
病院へ行かれるように話した。

 M君は無菌性髄膜炎と診断された。無菌性髄膜炎とは「菌が無い髄膜炎」で
ある。日本脳炎や結核性髄膜炎のような菌ではないウィルスが原因で起こる
髄膜炎である。M君の場合は、夏風邪の後に発症した。夏風邪のウィルスが
原因だったようである。
 M君は受診をする頃には発熱もあり、検査の結果、約1週間の入院治療に
なった。入院中には、担任保育士と一緒にお見舞いに行かせてもらったが、
点滴治療は行ってはいたものの、四方に柵のあるベッドの中で落ち着いて
過ごしていた。
 予後もよく、退院後、数日の自宅療養を経て、元気に登所された。
                      (2009年10月4日)