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もみの木エッセイ集 64
  「どうにもとまらない
   おたふくかぜ

 深刻な問題であるのに、こんな題を付けるのはちょっと不謹慎であるが、
保育所では、数年に1回、‘おたふく風邪の感染が止まらない’という状況が
起る。おたふく風邪の正式な病名は流行性耳下腺炎である。

 おたふく風邪は日本では個人が費用を負担する任意の予防接種である。
医療機関によっては多少異なるが、5千〜六千円位かかる。同じ任意の
予防接種である水痘では、もう少し費用が高くなる。保育所においては、
毎年、年度初めには予防接種率を調べて統計を出しているが、
定期予防接種に比べて任意予防接種率は比べ物にならない位低い。
勤務している保育所の二十一年度の統計によれば、麻疹やポリオの
接種率八十〜九十パーセントに比べると、おたふく風邪の接種率は
約二十パーセント、水痘は二十パーセント弱である。
 入所時には、予防接種で予防できる疾患については接種されるように
勧奨している。しかし、相変わらず、接種率は伸びてこない。
 一件でもおたふく風邪が発生した時は、掲示板に発生状況や、どのような
合併症のある病気か等を貼り出すが、もう一度、予防接種の勧奨も付け加える。
既に感染してしまっていて、手遅れである児童もいるが、おたふく風邪の
免疫を持っている児童が少なくなってきている保育所では、数ヶ月に渡って
感染し合い、四、五割もの児童に感染してしまうことがある。もちろん、
それ以上に感染していくこともある。そして、その結果、感染しあって集団免疫が
高くなると、数年間は安定する。そして、また集団免疫が低くなれば、
「どうにもとまらない」という繰り返しが起る。
 潜伏期間は、二、三週間と長いので、長期にわたってだらだらと感染していく。
重症で症状がはっきり出る子どもばかりでなく、中には不顕性感染といって、
実際には感染しているにも関わらず、顕著な症状が出ないまま、
‘他の児童には感染させてしまっている’
というケースもよくあるのだ。鼠算ほど急激ではないが、一名から数人に感染し、
その数人がそれぞれ数人に感染させていく。
 おたふく風邪や水痘が発生した時、時々、保護者に質問を受けることがある。
「近所に住む子どもがおたふく風邪に罹っているのですが、家の子どもも、
うつしてもらおうと思うのですが、どうでしょうか」
という内容のものである。水痘の場合も同じ質問である。
‘同じ病気であっても罹る人によっては、重症になる場合もあること。現在、
罹っている人は軽症であったとしても、うつされた人も、必ず軽症ですむという
保障はないこと。合併症として、髄膜炎、脳炎、難聴等があること。予防接種を
することが一番良いこと’
を、その都度説明する。
 そして、医師会で作られたポスターも掲示板に貼って、注意を促している。
ポスターには、合併症の中でも最も問題である難聴障害を起こすことを知らせる
文言も入っている。「ムンプス難聴」といわれる後遺症である。
 
 国内の予防接種行政には、国が訴訟に負けたという歴史があって、
消極的であるとよく言われるが、後遺症が残って初めて予防接種の
大切さに気付く人が多い。
 小児保健関係の学会に出席した時などは、小さな努力ではあるが、保育所の
この感染状況を話して、接種費用が無料の定期予防接種に出来ないものか等、
意見を述べさせてもらっている。
 しかし、出席されていた医師の中には、
‘どうして、四、五割もの児童が罹ってしまうのか、信じられない。’
というような反応をされる方もある。しかし、実状である。
 集団保育の中で、長年その感染状況を見つめてきている一人としては、
予防接種行政の弱さを認識してもらえるように、その実状を知らせていくことが
義務であると思っている。
                         (2010年01月20日)