もどる

もみの木エッセイ集 65
  「頭を打って嘔吐しました

頭を打って嘔吐しました

 五月の戸外保育の日、電車で浜寺公園に行っていた四、五歳児クラスの
引率の保育士から保育所へ電話がかかってきた。
 四歳児クラスの女児Aちゃんが公園で遊んでいる時、同じクラスの
男児Bちゃんとぶつかって、倒れ、そのまま起き上がらないで目を瞑って
横になっているという内容である。嘔吐もしたという。電車で行くと二駅の
距離があるので、保育所から迎えに行くより、タクシーで直接病院に受診
するようにと話したが、迎えに来て欲しいと言う。
 車で通勤している職員が車を出してくれたので、車で浜寺公園に迎えに
行った。公園には、沢山の人達が居て、待ち合わせ場所の噴水付近を捜しても
見つからない。やっと、木陰で休んでいる保育士とAちゃんを見つけた。
Aちゃんは相変わらず目を瞑って一言もしゃべらない。私はAちゃんに、
「大丈夫だからね」
と声をかけると、頷いた。
 保育士は、他の児童を引率しないといけないので、私はAちゃんを抱いて、
車に戻り、保護者と病院の二箇所に連絡を取った。
 頭部打撲で嘔吐ということなので、市立病院の脳神経外科へ連絡をとった。
診てくださるとのこと。母親も病院へ来てくれることになった。嘔吐で汚れた
衣服の着替えも持ってきてもらうようにお願いした。脳神経外科では、頭部の
レントゲン撮影もしてもらった。Aちゃんの母親も来てくださり、医師から直接
お話を聞いてもらった。頭部を強打した様子もなかったので、検査では異常は
なかった。
 しかし、
‘ぶつかって転んで、何も言わずに目を瞑って横になったままで、嘔吐する’
という、Aちゃんのこの様態から考えると、引率していた保育所としても、保護者の
気持ちとしても、とにかく受診しなければ納得できなかったのである。
 Aちゃんは受診後、せっかく持っていったお弁当も食べないままに、
リュックサックを持って帰宅した。
 戸外保育の四、五歳児クラスは、二時過ぎに無事に保育所へ帰ってきた。
 帰ってきて、しばらくしてからである。Aちゃんと同じ四歳児クラスの保育室では、
二名の児童が嘔吐した。少し気になる出来事ではあったが、その時点では
まだ判断できなかった。
 翌朝、保育所に出勤して、その後の四歳児クラスの様子を尋ねると、子ども達が
帰宅してから今朝までの間に、他の児童二名が嘔吐や下痢の症状があり、
欠席の連絡が入ったとのことである。
 四歳児クラスの保育士に数日前からの児童の様子を尋ねると、二日前である
戸外保育の前日に、同じクラスのC子ちゃんが家族内感染で、下痢があったにも
関わらず保育所を休みたくないといって、保育所へ来ていたとのこと。
保育所でも数回下痢をしていた、とのことである。当日の夕方には、保護者にも
声をかけて、症状が続くようであれば、受診をしてくださいと伝えたが、次の日も、
もう治ったと言って、登所したとのことであった。
 同じクラスに嘔吐下痢が急速に発症したことから感染性胃腸炎が疑われた。
職員や子ども達にも手洗いや衛生面の注意をし、保護者向けには、発生状況や
注意事項を記載して掲示板に貼り出した。症状がある場合は早期に受診し、
症状がある間は医師に相談して保育所を休んでいただくようにお願いした。
 ここで、Aちゃんの症状の謎が解けたように思った。倒れた時の状況を何度
聞き直しても、Aちゃんには、直接頭部を打撲した様子は無かったからだ。
感染性胃腸炎だった可能性もある。
 早速、欠席していたAちゃんのお家に電話をして、保護者にその後の様子を
伺った。便が柔らかいなどの胃腸症状が少しあったが、機嫌はいいとのことで
あった。同じクラスで発生している胃腸炎のことも話して、Aちゃんも胃腸炎の
可能性もあることをお伝えすると、母親も、
「そうかもしれませんね」
と、笑いながら言われていた。
 Aちゃんは、大事をとって、一日欠席しただけで、元気に登所した。
                        (2010年01月20日)