山家集の研究 (佐佐木信綱校訂・岩波文庫・山家集から)
月の歌
001 18
年ははや月なみかけて越えにけりうべつみけらしゑぐの若だち
002 23
雲なくておぼろなりとも見ゆるかな霞かかれる春の夜の月
003 25
月みれば風に櫻の枝なべて花かとつぐるここちこそすれ
004 28
雲にまがふ花の下にてながむれば朧に月は見ゆるなりけり
005 31
ひきかへて花見る春は夜はなく月みる秋は晝なからなむ
006 31
花ちらで月はくもらぬ世なりせば物を思はぬわが身ならまし
007 31
ねがはくは花の下にて春死なんそのきさらぎのもち月の頃
008 32
おなじくは月の折さけ山櫻みるをりのたえまあらせじ
009 37
雪と見てかげに櫻の亂るれば花のかさ着る春の夜の月
010 40
みさびゐて月も宿らぬ濁江にわれすまむとて蛙鳴くなり
011 42
まがふべき月なきころの卯花はよるさへさらす布かとぞ見る
012 46
郭公月のかたぶく山の端に出でつるこゑのかへりいるかな
013 51
なつの夜も小笹が原に霜ぞおく月の光のさえしわたれば
014 51
山川の岩にせかれてちる波をあられとぞみる夏の夜の月
015 51
夕立のはるれば月ぞやどりける玉ゆりすうる蓮のうき葉に
016 51
露のぼる蘆の若葉に月さえて秋をあらそふ難波江の浦
017 51
かげさえて月しも殊にすみぬれば夏の池にもつららゐにけり
018 51
むすびあぐる泉にすめる月かげは手にもとられぬ鏡なりけり
019 51
むすぶ手に涼しきかげをそふるかな清水にやどる夏の夜の月
020 53
夏の夜の月みることやなかるらむかやり火たつる賎の伏屋は
021 53
おのづから月やどるべきひまもなく池に蓮の花咲きにけり
022 56
秋たつと思ふに空もただならでわれて光を分けむ三日月
023 61
月のためみさびすゑじと思ひしにみどりにもしく池の浮草
024 62
鹿の音をかき根にこめて聞くのみか月もすみけり秋の山里
025 62
庵にもる月のかげこそさびしけれ山田のひたの音ばかりして
026 62
わづかなる庭の小草の白露をもとめて宿る秋の夜の月
027 65
我が世とやふけ行く月を思ふらむ聲もやすめぬ蟲かな
028 70
かげうすみ松の絶間をもり來つつ心ぼそくぞ三日月の空
029 70
さしきつる窓の入日をあらためて光をかふる夕月夜かな
030 70
出でながら雲にかくるる月かげをかさねて待つやニむらの山
031 70
秋の月いさよふ山の端のみかは雲の絶間に待たれやはせぬ
032 71
月ならでさし入るかげもなきままに暮るる嬉しき秋の山里
033 71
山の端を出づる宵よりしるきかなこよひ知らする秋の夜の月
034 71
かぞへねど今宵の月のけしきにて秋の半を空に知るかな
035 71
天の川名にながれたるかひありて今宵の月はことにすみけり
036 71
さやかなる影にてしるし秋の月十夜にあまれる五日なりけり
037 71
うちつけに又こむ秋のこよひまで月ゆゑ惜しくなる命かな
038 71
秋はただこよひ一夜の名なりけりおなじ雲井に月はすめども
039 71
思ひせぬ十五の年もあるものをこよひの月のかからましかば
040 71
月みればかげなく雲につゝまれて今夜ならずば闇にみえまし
041 71
誰きなむ月の光に誘はれてと思ふに夜半の明けにけるかな
042 72
立田山月すむ嶺のかひぞなきふもとに霧の晴れぬかぎりは
043 72
清見潟おきの岩こすしら波に光をかはす秋の夜の月
044 72
なべてなき所の名をや惜しむらむ明石はわきて月のさやけき
045 72
雲消ゆる那智の高嶺に月たけて光をぬける瀧のしら糸
046 72
水なくて氷りぞしたるかつまたの池あらたむる秋の夜の月
047 72
みさびゐぬ池のおもての清ければ宿れる月もめやすかりけり
048 72
やどしもつ月の光の大澤はいかにいずこもひろ澤の池
049 72
池にすむ月にかかれる浮雲は拂ひのこせるみさびなりけり
050 73
清見潟月すむ夜半のうき雲は富士の高嶺の烟なりけり
051 73
難波がた月の光にうらさえて波のおもてに氷をぞしく
052 73
松島や雄島の磯も何ならずただきさがたの秋の夜の月
053 73
月の色を花にかさねて女郎花うは裳のしたに露をかけたる
054 73
宵のまの露にしをれてをみなへし有明の月の影にたはるる
055 73
花の色を影にうつせば秋の夜の月ぞ野守のかがみなりける
056 73
月なくば暮るれば宿へ歸らまし野べには花のさかりなりとも
057 74
月すむと萩植ゑざらむ宿ならばあはれすくなき秋にやあらまし
058 74
庭さゆる月なりけりなをみなへし霜にあひぬる花と見たれば
059 74
をしむ夜の月にならひて有明のいらぬをまねく花薄かな
060 74
花すすき月の光にまがはまし深きますほの色にそめずば
061 74
木の間もる有明の月のさやけきに紅葉をそへて詠めつるかな
062 74
たぐひなき心地こそすれ秋の夜の月すむ嶺のさを鹿の聲
063 74
月のすむ浅茅にすだくきりぎりす露のおくにや秋を知るらむ
064 74
露ながらこぼさで折らむ月影にこ萩がえだの松虫のこゑ
065 75
夕露の玉しく小田の稲むしろかへす稲末に月ぞ宿れる
066 75
わづらはで月にはよるも通ひけり隣へつたふあぜの細道
067 75
汲みてこそ心すむらめ賎の女がいただく水にやどる月影
068 75
月は猶よなよな毎にやどるべし我がむすび置く草のいおりに
069 75
あはれしる人見たらばと思ふかな旅寐の床にやどる月影
070 75
月やどるおなじうきねの波にしも袖しぼるべき契ありけり
071 75
都にて月をあはれと思ひしは數より外のすさびなりけり
072 75
くまもなき月の光にさそはれて幾雲井まで行く心ぞも
073 76
嬉しきは君にあふべき契ありて月に心の誘はれにけり
074 76
月のみやうはの空なるかたみにて思ひも出でば心通はむ
075 76
片そぎの行あはぬ間よりもる月やさして御袖の霜におくらむ
076 76
波にやどる月を汀にゆりよせて鏡にかくるすみよしの岸
077 76
晝とみる月にあくるを知らましや時つく鐘の音なかりせば
078 77
いにしへを何につけてか思ひ出でむ月さへかはる世ならましかば
079 77
めぐりあはで雲のよそにはなりぬとも月になり行くむつび忘るな
(菩提山上人)
080 77
世の中のうきをも知らですむ月のかげは我が身の心地こそすれ
081 77
よの中はくもりはてぬる月なれやさりともと見し影も待たれず
082 77
いとふ世も月すむ秋になりぬれば長らへずばと思ふなるかな
083 77
さらぬだにうかれて物を思ふ身の心を誘ふ秋の夜の月
084 77
捨てていにし憂世に月のすまであれなさらば心のとまらざらまし
085 77
あながちに山にのみすむ心かな誰かは月の入るを惜しまぬ
086 77
月を見ていずれの年の秋までかこの世に我か契あるらむ
087 77
こむ世にもかかる月をし見るべくは命を惜しむ人なからまし
088 78
この世にて詠めなれぬる月なれば迷はむ闇も照らさざらめや
089 78
秋の夜の空に出づてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな
090 78
天のはら月たけのぼる雲路をば分けても風の吹きはらはなむ
091 78
嬉しとや待つ人ごとに思ふらむ山の端出づる秋の夜の月
092 78
なかなかに心つくすもくるしきにくもらば入りね秋の夜の月
093 78
いかばかり嬉しからまし秋の夜の月すむ空に雲なかりせば
094 78
はりま潟灘のみ沖に漕ぎ出でてあたり思はぬ月をながめむ
095 78
月すみてなぎたる海のおもてかな雲の波さへ立ちもかからで
096 78
いさよはで出づるは月の嬉しくて入る山の端はつらきなりけり
097 78
水の面にやどる月さへ入りぬるは浪の底にも山やあるらむ
098 78
したはるる心や行くと山の端にしばしな入りそ秋の夜の月
099 78
あくるまで宵より空に雲なくて又こそかかる月みざりけれ
100 78
浅茅はら葉ずゑの露の玉ごとに光つらぬる秋のよの月
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101 79
秋の夜の月を雪かとながむれば露も霞のここちこそすれ
102 79
入りぬとや東に人はをしむらむ都に出づる山の端の月
103 79
待ち出でてくまなき宵の月みれば雲ぞ心にまづかかりける
104 79
秋風や天つ雲井をはらふらむ更け行くままに月のさやけき
105 79
いづくとてあはれならずはなけれども荒れたる宿ぞ月は寂しき
106 79
蓬分けて荒れたる宿の月見ればむかし住みけむ人ぞこひしき
107 79
身にしみてあはれ知らする風よりも月にぞ秋の色は見えける
108 79
虫の音もかれ行く野邊の草の原にあはれをそへてすめる月影
109 79
人も見ぬよしなき山の末までにすむらむ月のかげをこそ思へ
110 79
木の間もる有明の月をながむればさびしさ添ふる嶺の松風
111 79
いかにせむ影をば袖にやどせども心のすめば月のくもるを
112 79
悔しくもしづの伏屋とおとしめて月のもるをも知らで過ぎける
113 79
荒れわたる草のいほりにもる月を袖にうつしてながめつるかな
114 80
月を見て心うかれしいにしへの秋にも更にめぐりあひぬる
115 80
何事もかはりのみ行く世の中におなじかげにてすめる月かな
116 80
よもすがら月こそ袖に宿りけれむかしの秋を思ひ出づれば
117 80
ながむれば外のかげこそゆかしけれ變らじものを秋の夜の月
118 80
ゆくへなく月に心のすみすみて果てはいかにかならむとすらむ
119 80
月影のかたぶく山を眺めつつ惜しむしるしや有明の空
120 80
ながむるもまことしからぬ心地してよにあまりたる月の影かな
121 80
行末の月をば知らず過ぎ來つる秋まだかかる影はなかりき
122 80
まこととも誰か思はむひとり見て後に今宵の月をかたらば
123 80
月のため晝と思ふがかひなきにしばしくもりて夜を知らせよ
124 80
天の原朝日山より出づればや月の光の晝にまがへる
125 80
有明の月のころにしなりぬれば秋は夜ながき心地こそすれ
126 80
なかなかにときどき雲のかかるこそ月をもてなす限なりけれ
127 80
雲はるる嵐の音は松にあれや月もみどりの色にはえつつ
128 81
さだめなくとりや鳴くらむ秋の夜は月の光を思ひまがへて
129 81
誰もみなことわりとこそ定むらめ晝をあらそふ秋の夜の月
130 81
かげさへてまことに月のあかきには心も空にうかれてぞすむ
131 81
くまもなき月のおもてに飛ぶ雁のかげを雲かと思ひけるかな
132 81
ながむればいなや心の苦しきにいたくなすみそ秋の夜の月
133 81
雲もみゆ風もふくればあらくなるのどかなりつる月の光を
134 81
もろともに影を並ぶる人もあれや月のもりくるささのいほりに
135 81
なかなかにくもると見えてはるる夜の月は光のそふ心地する
136 81
浮雲の月のおもてにかかれどもはやく過ぐるは嬉しかりけり
137 81
過ぎやらで月ちかく行く浮雲のただよふ見ればわびしかりけり
138 81
いとへどもさすがに雲のうちちりて月のあたりを離れざりけり
139 81
雲はらふ嵐に月のみがかれて光えてすむ秋の空かな
140 81
くまもなき月のひかりをながむればまづ姥捨の山ぞ戀しき
141 81
月さゆる明石のせとに風吹けば氷の上にたたむしら波
142 82
天の原おなじ岩戸を出づれども光ことなる秋の夜の月
143 82
かぎりなく名殘をしきは秋の夜の月にともなふあけぼのの空
144 82
みをよどむ天の川岸波かけて月をば見るやさくさみの~
145 82
光をばくもらぬ月ぞみがきける稲葉にかかるあさひこの玉
146 82
あらし吹く嶺の木の間を分けきつつ谷の清水にやどる月かげ
147 82
うづらふす苅田のひつぢ思ひ出でてほのかにてらす三日月の影
148 82
濁るべき岩井の水にあらねども汲まばやどれる月やさわがむ
149 82
ひとりすむいほりに月のさし來ずば何か山べの友とならまし
150 82
尋ね來てこととふ人もなき宿に木のまの月の影ぞさし入る
151 82
柴の庵はすみうきこともあらましをともなふ月の影なかりせば
152 82
かげ消えて端山の月はもりもこず谷は梢の雪と見えつつ
153 82
雲にただこよひの月をまかせてむ厭ふとてしも晴れぬものゆゑ
154 82
月をみる外もさこそは厭ふらめ雲ただここの空にただよへ
155 83
晴間なく雲こそ空にみちにけり月見ることは思ひたたなむ
156 83
ぬるれども雨もるやどのうれしきは入りこん月を思ふなりけり
157 83
山かげにすまぬ心のいかなれやをしまれて入る月もある世に
158 83
いかにぞや殘りおほかるここちして雲にかくるる秋の夜の月
159 83
あはれ知る人見たらばとおもふかな旅寐の袖にやどる月影
160 83
月見ばとちぎりおきてし古郷の人もやこよひ袖ぬらすらむ
161 83
月のため心やすきは雲なれやうき世にすめる影をかくせば
162 83
わび人のすむ山里のとがならむ曇らじものを秋の夜の月
163 83
うき身こそいとひながらもあはれなれ月をながめて年をへぬれば
164 83
世のうさに一かたならずうかれゆく心さだめよ秋の夜の月
165 83
古へのかたみに月ぞなれとなるさらでのことはあるはあるかは
166 83
ながめつつ月にこころぞ老いにける今いくたびか世をもすさめむ
167 83
山里をとへかし人にあはれ見せむ露しく庭にすめる月かげ
168 83
月かげのしららの濱のしろ貝は浪も一つに見えわたるかな
169 84
すつとならばうき世を厭ふしるしあらむ我には曇れ秋の夜の月
170 84
いかにわれ清く曇らぬ身となりて心の月の影を見るべき
171 84
君もとへ我もしのばむさきだたば月を形見におもひ出でつつ
172 84
月の色に心をふかくそめましや都を出でぬ我が身なりせば
173 84
うき世とて月すまずなることもあらばいかがはすべき天のu人
174 84
來む世には心のうちにあらはさむあかでやみぬる月の光を
175 84
ふけにける我が身の影を思ふ間にはるかに月のかたぶきにける
176 84
あらはさぬ我が心をぞうらむべき月やはうときをばすての山
177 84
伊勢嶋や月の光のさひが浦は明石には似ぬかげぞすみける
178 84
いけ水に底きよくすむ月かげは波に氷を敷きわたすかな
179 84
月を見て明石の浦を出る舟は波のよるとや思はざるらむ
180 84
はなれたるしららの濱の沖の石をくだかで洗ふ月の白波
181 84
思ひとけば千里のかげも數ならずいたらぬくまも月はあらせじ
182 85
大かたの秋をば月につつませて吹きほころばす風の音かな
183 85
何事か此世にへたる思ひ出を問へかし人に月ををしへむ
184 85
思ひしるを世には隈なきかげならず我がめにくもる月の光は
185 85
うきことも思ひとほさじおしかへし月のすみける久方の空
186 85
月の夜や友とをなりていづくにも人しらざらむ栖をしへよ
187 85
秋風のことに身にしむ今宵かな月さへすめる宿のけしきに
188 85
こよひはと所えがほにすむ月の光もてなす菊の白露
189 86
雲消えし秋のなかばの空よりも月は今宵ぞ名におへりける
190 86
月みれば秋くははれる年はまたあかぬ心もそふにぞありける
191 86
ませなくば何をしるしに思はまし月もまがよふ白菊の花
192 89
秋暮るる月なみわかぬ山がつの心うらやむ今日の夕暮
193 90
月をまつ高嶺の雲は晴れにけり心ありけるはつ時雨かな
194 91
山おろしの月に木葉を吹きかけて光にまがふ影をみるかな
195 92
木葉ちれば月に心ぞあくがるるみ山がくれにすまむと思ふに
196 95
やせわたる湊の風に月ふけて汐ひる方に千鳥鳴くなり
197 95
千鳥なく繪嶋の浦にすむ月を波にうつして見る今宵かな
198 95
秋すぎて庭のよもぎの末見れば月も昔になるここちする
199 95
さびしさは秋見し空にかはりけり枯野をてらす有明の月
200 95
小倉山ふもとの里に木葉ちれば梢にはるる月を見るかな
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201 95
槇の屋の時雨の音を聞く袖に月ももり來てやどりぬるかな
202 95
花におく露にやどりし影よりも枯野の月はあはれなりけり
203 95
氷しく沼の蘆原かぜ冴えて月も光ぞさびしかりける
204 96
霜さゆる庭の木葉をふみ分けて月は見るやと訪ふ人もがな
205 96
冴ゆと見えて冬深くなる月影は水なき庭に氷をぞ敷く
206 96
冬枯のすさまじげなる山里に月のすむこそあはれなりけれ
207 96
月出づる嶺の木葉もちりはてて麓の里は嬉しかるらむ
208 97
月出づる軒にもあらぬ山の端のしらむもしるし夜はの白雪
209 97
木の間もる月の影とも見ゆるかなはだらにふれる庭の白雪
210 101
ひとりすむ片山かげの友なれや嵐にはるる冬の夜の月
211 103
限あらむ雲こそあらめ炭がまの烟に月のすすけぬるかな
212 103
旅寐する草のまくらに霜さえて有明の月の影ぞまたるる
213 105
君いなば月待つとてもながめやらむあづまのかたの夕暮の空
214 107
あかずのみ都にて見し影よりも旅こそ月はあはれなりけれ
215 107
見しままにすがたも影もかはらねば月ぞ都のかたみなりける
216 108
庭よりも鷺居る松のこずゑにぞ雪はつもれる夏のよの月
217 109
わたの原はるかに波を隔てきて都に出でし月をみるかな
218 109
わたの原波にも月はかくれけり都の山を何いとひけむ
219 110
しきわたす月の氷をうたがひてひびのてまはる味のむら鳥
220 110
いかで我心の雲にちりすべき見るかひありて月を詠めむ
221 110
詠めをりて月の影にぞ夜をば見るすむもすまぬもさなりけりとは
222 110
雲はれて身に愁なき人のみぞさやかに月の影はみるべき
223 110
さのみやは袂に影を宿すべきよわし心に月な眺めそ
224 110
月にはぢてさし出でられぬ心かな詠むる袖に影のやどれば
225 110
心をば見る人ごとにくるしめて何かは月のとりどころなる
226 110
露けさはうき身の袖のくせなるを月見るとがにおほせつるかな
227 110
詠めてきて月いかばかりしのばれむ此の世し雲の外になりなば
228 110
いつかわれこの世の空を隔たらむあはれあはれと月を思ひて
229 111
くもりなき山にて海の月みれば島ぞ氷の絶間なりける
230 112
花とみる梢の雪に月さえてたとへむ方もなき心地する
231 112
岩にせくあか井の水のわりなきは心すめともやどる月かな
232 117
波のおとを心にかけてあかすかな苫もる月の影を友にて
233 117
諸ともに旅なる空に月も出でてすめばやかげの哀なるらむ
234 120
立ちのぼる月のあたりに雲消えて光重ぬるななこしの嶺
235 121
深き山にすみける月を見ざりせば思ひ出もなき我が身ならまし
236 121
嶺の上も同じ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし
237 121
月すめば谷にぞ雲はしづむめる嶺吹きはらふ風にしかれて
238 121
をば捨は信濃ならねどいづくにも月すむ嶺の名にこそありけれ
239 122
いかにして梢のひまをもとめえてこいけに今宵月のすむらむ
240 122
いほりさす草の枕にともなひてささの露にも宿る月かな
241 122
梢なる月もあはれを思ふべし光に具して露のこぼるる
242 122
神無月時雨はるれば東屋の峯にぞ月はむねとすみける
243 122
かみなづき谷にぞ雲はしぐるめる月すむ嶺は秋にかはらで
244 122
神無月時雨ふるやにすむ月はくもらぬ影もたのまれぬかな
245 125
~路山月さやかなる誓ひありて天の下をばてらすなりけり
246 125
さやかなる鷲の高嶺の雲井より影やはらぐる月よみの森
247 125
都にも旅なる月の影をこそおなじ雲井の空に見るらめ
248 128
涙のみかきくらさるる旅なれやさやかに見よと月はすめども
249 129
白川の關屋を月のもる影は人のこころをとむるなりけり
250 135
山の端に月すむまじと知られにき心の空になると見しより
251 137
こととなく君こひ渡る橋の上にあらそふものは月の影のみ
252 138
山ふかみまきの葉わくる月影ははげしきもののすごきなりけり
253 145
ことづくるみあれのほどをすぐしても猶やう月の心なるべき
254 148
月待つといひなされつる宵のまの心の色の袖に見えぬる
255 148
しらざりき雲井のよそに見し月の影を袂に宿すべしとは
256 148
あはれとも見る人あらば思はなむ月のおもてにやどす心を
257 148
月見ればいでやと世のみおもほえてもたりにくくもなる心かな
258 148
弓はりの月にはつれてみし影のやさしかりしはいつか忘れむ
259 148
面影のわすらるまじき別かな名殘を人の月にとどめて
260 148
秋の夜の月や涙をかこつらむ雲なき影をもてやつすとて
261 148
天の原さゆるみそらは晴れながら涙ぞ月のくまになるらむ
262 149
物思ふ心のたけぞ知られぬる夜な夜な月を眺めあかして
263 149
月を見る心のふしをとがにしてたより得がほにぬるる袖かな
264 149
おもひ出づることはいつもといひながら月にはたへぬ心なりけり
265 149
あしびきの山のあなたに君すまば入るとも月を惜しまざらまし
266 149
なげけとて月やはものを思はするかこち顔なる我が涙かな
267 149
君にいかで月にあらそふ程ばかりめぐり逢ひつつ影をならべむ
268 149
白妙の衣かさぬる月影のさゆる眞袖にかかるしら露
269 149
忍びねのなみだたたふる袖のうらになづまず宿る秋の夜の月
270 149
もの思ふ袖にも月は宿りけり濁らですめる水ならねども
271 149
こひしさを催す月の影なればこぼれかかりてかこつ涙か
272 149
よしさらば涙の池に身をなして心のままに月をやどさむ
273 149
うちたえてなげく涙に我が袖の朽ちなばなにに月を宿さむ
274 149
世々ふとも忘れがたみの思ひ出はたもとに月のやどるばかりぞ
275 149
涙ゆゑ隈なき月ぞくもりぬるあまのはらはらねのみなかれて
276 150
あやにくにしるくも月の宿るかなよにまぎれてと思ふ袂に
277 150
おもかげに君が姿をみつるより俄に月のくもりぬるかな
278 150
よもすがら月を見がほにもてなして心のやみにまよふ頃かな
279 150
秋の月もの思ふ人のためとてや影に哀をそへて出づらむ
280 150
隔てたる人のこころのくまにより月をさやかに見ぬが悲しさ
281 150
涙ゆゑつねはくもれる月なれば流れぬ折ぞ晴間なりける
282 150
くまもなき折りしも人を思ひ出でて心と月をやつしつるかな
283 150
もの思ふ心の隈をのごひすててくもらぬ月を見るよしもがな
284 150
戀しさや思ひよわると眺むればいとど心をくだく月かな
285 150
ともすれば月澄む空にあくがるる心のはてを知るよしもがな
286 150
詠むるになぐさむことはなけれども月を友にてあかす頃かな
287 150
もの思ひてながむる頃の月の色にいかばかりなるあはれそふらむ
288 150
天雲のわりなきひまをもる月の影ばかりだにあひみてしがな
289 150
秋の月しのだの森の千枝よりもしげきなげきや隈になるらむ
290 165
月をうしとながめながらも思ふかなその夜ばかりの影とやは見し
291 171
行末の名にや流れむ常よりも月すみわたる白川の水
292 172
月をこそながめば心うかれ出でめやみなる空にただよふやなぞ
293 173
いむといひて影にあたらぬ今宵しもわれて月みる名や立ちぬらむ
294 174
いとどいかに西にかたぶく月影を常よりもけに君したふらむ
295 174
さし入らで雲路をよきし月影はまたぬ心や空に見えけむ
296 174
世をすてて谷底に住む人みよと嶺の木のまを出づる月影
297 176
すむとみし心の月しあらはれば此世も闇は晴れざらめやは
298 180
世の中にすまぬもよしや秋の月濁れる水のたたふ盛りに
299 181
いとどいかに山を出でじとおもふらむ心の月を獨すまして
300 182
かかる世に影もかはらずすむ月をみる我が身さへ恨めしきかな
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301 185
雲の上やふるき都になりにけりすむらむ月の影はかはらで
302 185
これや見し昔住みけむ跡ならむよもぎが露に月のやどれる
303 185
月すみし宿も昔の宿ならで我が身もあらぬ我が身なりけり
304 187
濁りたる心の水のすくなきに何かは月の影やどるべき
305 188
いかでわれ清く曇らぬ身となりて心の月の影をみがかむ
306 191
月にいかで昔のことをかたらせて影にそひつつ立ちもはなれむ
307 191
うき世とし思はでも身の過ぎにける月の影にもなづさはりつつ
308 191
いかでわれこよひの月を身にそへてしでの山路の人を照らさむ
309 192
深く入るは月ゆゑとしもなきものをうき世忍ばむみよしのの山
310 196
見ればげに心もそれになりぞ行く枯野の薄有明の月
311 201
もろともにながめながめて秋の月ひとりにならむことぞ悲しき
312 201
今日や君おほふ五つの雲はれて心の月をみがき出づらむ
313 204
今宵君しでの山路の月をみて雲の上をや思ひいづらむ
314 205
かくれにし君がみかげの戀しさに月に向かひてねをやなくらむ
315 211
雲晴るるわしの御山の月かげを心すみてや君ながむらむ
316 211
鳥部山わしの高嶺のすゑならむ煙を分けて出づる月かげ
317 216
朝日まつほどはやみにてまよはまし有明の月の影なかりせば
318 217
山のはにかくるる月をながむれば我も心の西に入るかな
319 217
西へ行く月をやよそに思ふらむ心にいらぬ人のためには
320 217
闇晴れて心の空にすむ月は西の山べやちかくなるらむ
321 219
天雲のはるるみ空の月かげに恨なぐさむをばすての山
322 219
わしの山月を入りぬと見る人はくらきにまよふ心なりけり
323 219
さとりえし心の月のあらはれて鷲の高嶺にすむにぞありける
324 219
鷲の山くもる心のなかりせば誰も見るべき有明の月
325 219
鷲の山誰かは月を見ざるべき心にかかる雲しなければ
326 220
わしの山上くらからぬ嶺なればあたりをはらふ有明の月
327 222
月のすむみおやがはらに霜さえて千鳥とほたつ聲きこゆなり
328 224
ふけて出づるみ山も嶺のあか星は月待ち得たる心地こそすれ
329 225
初春をくまなく照らす影を見て月にまづ知るみもすその岸
330 226
あまのはら雲ふきはらふ風なくば出でてややまむ山のはの月
331 227
思ひあれやもちにひと夜のかげをそへて鷲のみ山に月の入りける
332 228
かひなくて浮ぶ世もなき身ならまし月のみ舟ののりなかりせば
333 228
深き山に心の月しすみぬればかがみに四方のさとりをぞ見る
334 228
わけ入りし雪のみ山のつもりにはいちじるかりしありあけの月
335 229
花をわくる峯の朝日のかげはやがて有明の月をみがくなりけり
336 230
わが心さやけきかげにすむものをある夜の月をひとつみるだに
337 237
さみだれの雲かさなれる空はれて山ほととぎす月になくなり
338 238
あしひきのおなじ山よりいづれども秋の名を得てすめる月かな
339 238
あはれなる心のおくをとめゆけば月ぞおもひのねにはなりける
340 238
秋の夜の月の光のかげふけてすそ野の原にをじか鳴くなり
341 238
むぐらしくいほりの庭の夕露をたまにもてなす秋の夜の月
342 238
うき世とて月すまずなることもあらばいかにかすべき天のu人
343 238
月やどる波のかひにはよるぞなきあけて二見をみるここちして
344 239
ふけにける我が身のかげを思ふまに遥かに月のかたぶきにける
345 243
あはれいかにゆたかに月をながむらむ八十島めぐるあまの釣舟
346 243
千鳥なくふけゐのかたを見わたせば月かげさびし難波津のうら
347 244
をしみおきしかかる御法はきかざりき鷲の高嶺の月はみしかど
348 245
雲おほふふたかみ山の月かげは心にすむや見るにはあるらむ
349 245
わけ入ればやがてさとりぞ現はるる月のかげしく雪のしら山
350 247
夜もすがら明石の浦のなみのうへにかげたたみおく秋の夜の月
351 247
いにしへのかたみにならば秋の月さし入るかげを宿にとどめよ
352 247
難波江の岸に磯馴れてはふ松をおとせであらふ月のしら波
353 250
なかなかにうき草しける夏のいけは月すまねどもかげぞすずしき
354 258
月はみやこ花のにほひは越の山とおもふよ雁のゆきかへりつつ
355 264
芦の家のひまもる月のかげまてばあやなく袖に時雨もりけり
356 264
こよひこそ心のくまは知られぬれ入らで明けぬる月をながめて
357 269
うき世にはほかなかりけり秋の月ながむるままに物ぞ悲しき
358 270
山の端にいづるも入るも秋の月うれしくつらき人のこころか
359 270
いかなれば空なるかげはひとつにてよろづの水に月宿るらむ
360 270
さ夜ふけて月にかはづの聲きけばみぎはもすずし池のうきくさ
361 274
よそふなる月のみかほを宿す池に處を得ても咲くはちすかな
362 275
秋になればくもゐのかげのさかゆるは月の桂に枝やさすらむ
363 275
かくれなく藻にすむ蟲は見ゆれども我からくもる秋の夜の月
364 275
浪にしく月のひかりを高砂の尾の上のみねのそらよりぞ見る
365 275
山里の月まつ秋のゆふぐれは門田のかぜのおとのみぞする
366 275
おしなべてなびく尾花の穂なりけり月のいでつる峯の白雲
367 275
ながらへて誰かはつひにすみとげむ月隠れにしうき世なりけり
368 275
月のゆく山に心をおくり入りてやみなるあとの身をいかにせむ
369 275
われなれや松のこずゑに月かけてみどりのいろに霜ふりにけり
370 275
うき世厭ふ山の奥にも慕ひ來て月ぞすみかのあはれをぞ知る
371 275
三笠山月さしのぼるかげさえて鹿なきそむる春日野のはら
372 276
かねてより心ぞいとどすみのぼる月待つ峯のさを鹿のこゑ
373 276
月すみてふくる千鳥のこゑすなりこころくだくや須磨の關守
374 280
むかしおもふ心ありてぞながめつる隅田河原のありあけの月
375 282
春秋を君おもひ出ば我はまた月と花とをながめおこさむ
376 283
わしの山くもる心のなかりせば誰もみるべき有明の月
377 283
鷲の山思ひやるこそ遠けれど心にすむはありあけの月
以上
「他者詠」
77
めぐりあはで雲のよそにはなりぬとも月になり行くむつび忘るな(菩提山上人)
138
思ひやる心は見えで橋の上にあらそひけりな月の影のみ(西住上人)
139
ひとりすむおぼろの清水友とては月をぞすます大原の里(寂然)
174
西へ行くしるべとたのむ月かげの空だのめこそかひなかりけれ(堀川)
175
よもすがら月を詠めて契り置きし其むつごとに闇は晴れにし(中院右大臣)
177
世をそむく心ばかりは有明のつきせぬ闇は君にはるけむ(ある人)
181
うき身こそなほ山陰にしづめども心にうかぶ月を見せばや(慈鎭)
205
我が君の光かくれし夕べよりやみにぞ迷ふ月はすめども(三河内侍)
240
こよひしも月のかくるるうき雲やむかしの空のけぶりなるらむ(氏良)
258
さぞな君心の月をみがくにはかつがつ四方にゆきぞしきける(西住)
「連歌」
256 いくさを照らすゆみはりの月 (兵衛の局)
■ 入力 2002年01月16日
■ 入力者 阿部和雄
■ 校正 未校正
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