山家集の研究 (佐佐木信綱校訂・岩波文庫・山家集から)
雪と氷の歌
雪・ふぶき・あられ
1 13
山路こそ雪のした水とけざらめ都のそらは春めきぬらむ
2 15
ふりつみし高嶺のみ雪とけにけり清瀧川の水のしらなみ
3 15
かすめども春をばよその空に見て解けんともなき雪の下水
4 15
春あさみ篠のまがきに風さえてまだ雪消えぬしがらきの里
5 15
おぼつかな春の日數のふるままに嵯峨野の雪は消えやしぬらむ
6 16 (静忍法師)
立ち歸り君やとひくと待つほどにまだ消えやらず野邊のあわ雪
7 16
雪とくるしみみにしだくから崎の道行きにくきあしがらの山
8 17
春日野は年のうちには雪つみて春は若菜のおふるなりけり
9 17
けふはただ思ひもよらで歸りなむ雪つむ野邊の若菜なりけり
10 19
霞まずは何をか春と思はましまだ雪消えぬみ吉野の山
11 27
あだにちる梢の花をながむれば庭には消えぬ雪ぞつもれる
12 30
空に出でていづくともなく尋ぬれば雪とは花の見ゆるなりけり
13 30
雪とぢし谷の古巣を思ひ出でて花にむつるる鶯の聲
14 33
吉野山さくらが枝に雪ちりて花おそげなる年にもあるかな
15 35
花の雪の庭につもると跡つけじかどなき宿といひちらさせて
16 35
ながめつるあしたの雨の庭の面に花の雪しく春の夕暮
17 35
吉野山ふもとの瀧にながす花や嶺につもりし雪の下水
18 36
山おろしの木のもとうづむ花の雪は岩井にうくも氷とぞみる
19 38
ちりそむる花の初雪ふりぬればふみ分けまうき志賀の山越
20 82
かげ消えて端山の月はもりもこず谷は梢の雪と見えつつ
21 97
山ざくら初雪ふれば咲きにけり吉野はさとに冬ごもれども
22 97
山櫻おもひよそへてながむれば木ごとの花は雪まさりけり
23 97
しの原や三上の嶽を見渡せば一夜の程に雪は降りけり
24 97
月出づる軒にもあらぬ山の端のしらむもしるし夜はの白雪
25 97
木の間もる月の影とも見ゆるかなはだらにふれる庭の白雪
26 97
枯れはつるかやがうは葉に降る雪は更に尾花の心地こそすれ
27 97
降る雪にしをりし柴も埋もれて思はぬ山に冬ごもりする
28 98
雪埋むそのの呉竹折れふしてねぐら求むるむら雀かな
29 98
降りつもる雪を友にて春までは日を送るべきみ山べの里
30 98
年の内はとふ人更にあらじかし雪も山路も深き住家を
31 98
たけのぼる朝日の影のさすままに都の雪は消えみ消えずみ
32 99
玉がきはあけも緑も埋もれて雪おもしろき松の尾の山
33 99
うらがへすをみの衣と見ゆるかな竹のうら葉にふれる白雪
34 99
何となくくるる雫の音までも山邊は雪ぞあはれなりける
35 99
雪降れば野路も山路も埋もれて遠近しらぬ旅のそらかな
36 99
あおね山苔のむしろの上にして雪はしとねの心地こそすれ
37 99
うの花の心地こそすれ山ざとの垣ねの柴をうづむ白雪
38 99
折りならぬめぐりの垣のうの花をうれしく雪の咲かせつるかな
39 99
とへな君夕ぐれになる庭の雪を跡なきよりはあはれならまし
40 99
あらち山さかしく下る谷もなくかじきの道をつくる白雪
41 99
たゆみつつそりのはや獅烽ツけなくに積りにけりな越の白雪
42 100
緑なる松にかさなる白雪は柳のきぬを山におほへる
43 100
盛ならぬ木もなく花の咲きにけり思へば雪をわくる山道
44 100
波とみゆる雪を分けてぞこぎ渡る木曾のかけはし底もみえねば
45 100
しがらきの杣のおほぢはとどめてよ初雪降りぬむこの山人
46 100
急がずば雪に我が身やとどめられて山べの里に春をまたまし
47 100
あはれしりて誰か分けこむ山里の雪降り埋む庭の夕ぐれ
48 100
みなと川笘に雪ふく友舟はむやひつつこそ夜をあかしけれ
49 100
いかだしの浪のしづむと見えつるは雪を積みつつ下すなりけり
50 100
たまりをる梢の雪の春ならば山里いかにもてなされまし
51 100
大原はせれうを雪の道にあけて四方には人も通はざりけり
52 100
雪しのぐいほりのつまをさしそへて跡とめてこむ人をとどめむ
53 100
くやしくも雪のみ山へ分け入らで麓にのみも年をつみける
54 101
大原は比良の高嶺の近ければ雪ふるほどを思ひこそやれ
55 101 (寂然)
思へただ都にてだに袖さへしひらの高嶺の雪のけしきは
56 101
雪深くうづめてけりな君くやと紅葉の錦しきし山路を
57 101
人こばと思ひて雪をみる程にしか跡つくることもありけり
58 102
よしの山麓にふらぬ雪ならば花かと見てや尋ね入らまし
59 102
かきくらす雪にきぎすは見えねども羽音に鈴をたぐへてぞやる
60 102
降る雪にとだちも見えず埋もれてとり所なきみかり野の原
61 103
とふ人も初雪をこそ分けこしか道とぢてけりみ山邊のさと
62 108
庭よりも鷺居る松のこずゑにぞ雪はつもれる夏の夜の月
63 111
松の下は雪ふる折の色なれやみな白妙に見ゆる山路に
64 112
雪つみて木も分かず咲く花なればときはの松も見えぬなりけり
65 112
花とみる梢の雪に月さえてたとへむ方もなき心地する
66 112
まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞなかりける
67 112
折しもあれ嬉しく雪の埋むかなきこもりなむと思ふ山路を
68 112
なかなかに谷の細道うづめ雪ありとて人の通ふべきかは
69 134
雪分けて深き山路にこもりなば年かヘリてや君にあふべき
70 169
くれ舟よあさづまわたり今朝なせそ伊吹のたけに雪しまくなり
71 228
わけ入りし雪のみ山のつもりにはいちじるかりしありあけの月
72 233
よもすがら鳥のねおもふ袖のうへに雪はつもらで雨しをれけり
73 233
春になればところどころはみどりにて雪の波こす末の松山
74 235
花のいろの雪のみ山にかよへばや深きよし野の奥へいらるる
75 236
雪わけて外山を出でしここちして卯の花しげき小野のほそみち
76 236
山里は雪ふかかりしをりよりはしげるむぐらぞ道はとめける
77 239
としたかみかしらに雪を積もらせてふりにける身ぞあはれなりける
78 242
君すまば甲斐の白嶺のおくなりと雪ふみわけてゆかざらめやは
79 243
いろよりは香はこきものを梅の花かくれむものかうづむしら雪
80 243
雪の下の梅がさねなる衣の色をやどのつまにもぬはせてぞみる
81 244
吉野山雲と見えつる花なればちるも雪にはまがふなりけり
82 245
わけ入ればやがてさとりぞ現はるる月のかげしく雪のしら山
83 247
初雪は冬のしるしにふりにけり秋しの山の杉のこずゑに
84 247
むぐら枯れて竹の戸あくる山里にまた徑とづる雪つもるめり
85 249
くれなゐの雪はむかしのことと聞くに花のにほひにみつる春かな
86 249
いまもなしむかしも聞かずしきしまや吉野の花を雪のうづめる
87 257
たのもしな雪を見るにぞ知られぬるつもる思ひのふりにけりとは
88 259
比良の山春も消えせぬ雪とてや花をも人のたづねざるらむ
89 261
篠むらや三上が嶽をみわたせばひとよのほどに雪のつもれる
90 262
春雨に花のみぞれの散りけるを消えでつもれる雪と見たれば
91 271
枯野うづむ雪に心をまかすればあたりの原にきぎす鳴くなり
92 277
道とぢて人とはずなる山ざとのあはれは雪にうづもれにけり
93 284
風かをる花の林に春來ればつもるつとめや雪の山みち
94 98
跡とむる駒の行方はさもあらばあれ嬉しく君にゆきも逢ひぬる
95 233
箱根山こずゑもまだや冬ならむ二見は松のゆきのむらぎえ
96 36
春風の花のふぶきにうづもれて行きもやられぬ志賀の山道
97 100
晴れやらでニむら山に立つ雲は比良のふぶきの名殘なりけり
98 102
山里は時雨しころのさびしきにあられの音は漸まさりける
(他者詠歌)
134
分けて行く山路の雪は深くともとく立ち歸れ年にたぐへて(時忠卿)
258
さぞな君こころの月をみがくにはかつがつ四方にゆきぞしきける(西住)
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氷・凍る・つらら
1 15
岩間とぢし氷も今朝はとけそめて苔の下水みちもとむらむ
2 15
三笠山春はこゑにて知られけり氷をたたく鶯のたき
3 16
春しれと谷のしたみづもりぞくる岩間の氷ひま絶えにけり
4 16
小ぜりつむ澤の氷のひまたえて春めきそむる櫻井のさと
5 36
山おろしの木のもとうづむ花の雪は岩井にうくも氷とぞみる
6 51
かげさえて月しも殊にすみぬれば夏の池にもつららゐにけり
7 72
水なくて氷ぞしたるかつまたの池あらたむる秋の夜の月
8 73
難波がた月の光にうらさえて波のおもてに氷をぞしく
9 81
月さゆる明石のせとに風吹けば氷の上にたたむしら波
10 84
いけ水に底きよくすむ月かげは波に氷を敷きわたすかな
11 93
岩間せく木葉わけこし山水をつゆ洩らさぬは氷なりけり
12 94
水上に水や氷をむすぶらんくるとも見えぬ瀧の白糸
13 94
氷わる筏のさをのたゆるればもちやこさましほつの山越
14 94
川わたにおのおのつくるふし柴をひとつにくさるあさ氷かな
15 94
わりなしやこほるかけひの水ゆゑに思ひ捨ててし春の待たるる
16 95
氷しく沼の蘆原かぜ冴えて月も光りぞさびしかりける
17 96
冴ゆと見えて冬深くなる月影は水なき庭に氷をぞ敷く
18 102
よもすがら嵐の山は風さえて大井のよどに氷をぞしく
19 102
さゆる夜はよその空にぞをしも鳴くこほりにけりなこやの池水
20 102
風さえてよすればやがて氷りつつかへる波なき志賀の唐崎
21 110
しきわたす月の氷をうたがひてひびのてまはる味のむら鳥
22 111
くもりなき山にて海の月みれば島ぞ氷の絶間なりける
23 146
かけひにも君がつららや結ぶらむ心細くもたえぬなるかな
24 148
春を待つ諏訪のわたりもあるものをいつを限にすべきつららぞ
25 167
みな鶴は澤の氷のかがみにて千歳の影をもてやなすらむ
26 168
つららはふ端山は下もしげければ住む人いかにこぐらかるらむ
27 225
あらたなる熊野詣のしるしをばこほりの垢離にうべきなりけり
28 243
川わたにおのおのつくるふし柴をひとつにくさる朝氷かな
29 250
さえもさえこほるもことに寒からむ氷室の山の冬のけしきは
30 255
あさ日にやむすぶ氷の苦はとけむむつのわをきくあかつきのそら
31 262
三笠山春をおとにて知らせけりこほりをたたくうぐひすの瀧
32 277
とぢそむる氷をいかにいとふらむあぢ群渡る諏訪のみづうみ
連歌
256 こころきるてなる氷のかげのみか(西行)
いくさを照らすゆみはりの月(上西門院)
上西門院の上句に西行が下句を付けたもの。
以上
入力
■ 入力日 2002年02月03日
■ 入力者 阿部和雄
校正
■ 未校正
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