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         山家集の研究    (佐佐木信綱校訂、岩波文庫・山家集から)

    川の歌
            固有名詞  白川・大井川・御裳裾川・衣川・最上川・宮滝川・宮川・宇治川・
                    御手洗川・名取川・ありす川・清滝川・鳴滝川・水無瀬川・
                    みなと川・立田川・佐保川・ひろせ川・さかい川・隅田川
               
             山城  白川・大井川・御手洗川・ありす川・清滝川・鳴滝川・宇治川  
             大和  立田川・佐保川・宮滝川・ひろせ川
             陸奥  衣川・名取川
            その他  最上川(出羽)・水無瀬川(摂津)・みなと川(摂津)・さかい川(下野)・
                  隅田川(武蔵)・御裳裾川(伊勢)・宮川(伊勢)
白川
○ 山城の歌枕。京都市左京区。

  比叡山から北白河、岡崎と南流して鴨川に注ぐ。平安時代に白河殿や六勝寺が
  建てられてから、歌に読み込まれることが多い。桜の名所として桜が詠まれたり、
  また、白川の白に寄せて色彩を詠みこまれている。

   27  風あらみこずゑの花のながれきて庭に波立つしら川の里

   30  白河の梢を見てぞなぐさむる吉野の山にかよふ心を
 
   31  白河の春の梢のうぐひすは花の言葉を聞くここちする
 
   36  波もなく風ををさめし白川の君のをりもや花は散りけむ
 
  171  行末の名にや流れむ常よりも月すみわたる白川の水


   27 (詞) 白河の花、庭面白かりけるを見て

   28 (詞) 世をのがれて東山に侍る頃、白川の花ざかりに人さそひければ、
         まかり歸りけるに、昔おもひ出でて

  170 (詞) 八條院の宮と申しけるをり、白河殿にて蟲あはせられけるに、かはりて、
         蟲入れてとり出だしける物に水に月のうつりたるよしをつくりて、その心を
         よみける
          「白河殿=白河院によって造営された院の御所。南殿と北殿がある。」  

大井川
○ 山城の歌枕。京都市右京区。堰を設けて水量を調節したきたため、大堰川とも表記する。

 京都府亀岡市から京都市西部を流れ、大阪湾にそそぐ川。渡月橋のある嵐山一帯は
 古来から京都有数の景勝地として名高い。ことに紅葉がよく詠まれている。

   45   大井河をぐらの山の子規ゐせぎに聲のとまらましかば

   89   大井河ゐせぎによどむ水の色に秋ふかくなるほどぞ知らるる
 
  102   よもすがら嵐の山は風さえて大井のよどに氷をぞしく

  158   つつめども人しる戀や大井川ゐせぎのひまをくぐる白波 

  268   大井川君が名殘のしたはれて井堰の波のそでにかかれる

       267 (連歌)  大井川かみに井堰やなかりつる

       268 (連歌)  大井川舟にのりえてわたるかな

御裳濯川
○伊勢の歌枕。三重県伊勢市。

 伊勢神宮の内宮を流れる御手洗川のこと。五十鈴川ともいう。神聖なものの
 持つ悠久性を意味するために賀歌や神祗歌に詠みこまれることが多い。

  280   藤浪をみもすそ川にせきいれて百枝の松にかかれとぞ思ふ

  281   ふぢ浪もみもすそ川のすゑなれば下枝もかけよ松の百枝に   「俊成」

  261   いかばかり凉しかるらむつかへきて御裳濯河をわたるこころは

  225   初春をくまなく照らす影を見て月にまづ知るみもすその岸
 
  225   みもすその岸の岩根によをこめてかためたてたる宮柱かな

   
  125 (詞) 御裳濯川のほとりにて

  225 (詞) みもすそニ首

  280 (詞) 御裳濯川歌合の表紙に書きて俊成に遣したる

衣川
○ 陸奥の歌枕。岩手県衣川。

 多くは(衣服)の関係で詠われ、衣川という地名は単に利用されたものだけの
 歌が多い。西行の歌は実際に衣川を見て、それを詠っている。

  131  涙をば衣川にぞ流しつるふるき都をおもひ出でつつ

  131  とりわきて心もしみてさえぞ渡る衣川見にきたる今日しも
 
  260  衣川みぎはによりてたつ波はきしの松が根あらふなりけり

  260 (詞) 十月十二日、平泉にまかりつきたりけるに、雪ふり嵐はげしく、
         ことの外に荒れたりけり。いつしか衣川見まほしくてまかりむかひて見けり。
         河の岸につきて、衣川の城しまはしたる、ことがらやうかはりて、
         ものを見るここちしけり。汀氷りてとりわけさびしければ
 
最上川
○ 出羽の歌枕。東北、山形県を流れる川。

 「最上川のぼればくだる稲舟の いなにはあらずこの月ばかり」(古今集東歌)
 を本歌とする。「稲=否」や「のぼるくだる」などを表現するために「最上川」が
 比喩的に用いられる。(いかりは碇と怒りの掛け言葉)

  183  最上川つなでひくともいな舟のしばしがほどはいかりおろさむ  「崇徳院」

  183  つよくひく綱手と見せよもがみ川その稻舟のいかりをさめて

宮滝川宮川吉野川
○ 大和の歌枕。奈良県吉野町

 大台ケ原山を源流として吉野、五條市、を経て紀ノ川となる。
 万葉集から盛んに詠みこまれていて、その激流に恋情の激しさをたとえたり
 している歌もある。ここの宮川は吉野国栖あたりの川を指します。

  118  瀬をはやみ宮瀧川を渡り行けば心の底のすむ心地する

  172  瀧おつる吉野の奥のみや川の昔をみけむ跡したはばや

  137  水上に花のゆふだちふりにけり吉野の川のなみのまされる

御手洗川
○ 山城の歌枕。京都市左京区・北区。

 普通名詞としては神社の側を流れている川をいいますが、歌枕としては
 加茂社の境内を流れている川を指します。「禊」「清い」「神」などの言葉と
 ともに詠まれることが多くあります。 
 
  224  みたらしの流はいつもかはらぬを末にしなればあさましの世や

  225  みたらしにわかなすすぎて宮人のま手にささげてみと開くめる

  224 (詞)  ふけ行くままに、みたらしのおと神さびてきこえければ

宮川

 大台ケ原山を源流として、三重県南部を流れ、伊勢市で伊勢湾に注いで
 いる川。西行に「宮川歌合」がある。
 
  279  ながれいでて御跡たれますみづ垣は宮川よりのわたらひのしめ

  281(詞)  宮川歌合と申して、判の詞しるしつくべきよし申し侍り
          けるを書きて遣すとて                  定家

  282(詞)      宮川歌合の奧に                  定家

宇治川
○ 山城の歌枕。京都府宇治市。

 琵琶湖を水源として宇治市を流れ、木津川、桂川と合流して淀川と名前を
 変えて大阪湾に注いでいる川。平安京の東南にあたり交通の要衡。
 「宇治川」「宇治橋」「宇治山」の形で詠まれることが多い。

   198  宇治川の早瀬おちまふれふ船のかづきにちかふこひのむらまけ

   198 (詞) 宇治川をくだりける船の、かなつきと申すものをもて鯉のくだるを
         つきけるを見て

名取川
○ 陸奥の歌枕。宮城県仙台市・名取市。

 奥羽山脈を源流として宮城県中部を東に流れて仙台湾に注いでいる川。
 名取川の自然詠は少なくて、「名が立つ」「名を取る」というように川名を
 利用された形で詠まれることが多い。西行歌は実際に名取川での自然詠。

   130  なとり川きしの紅葉のうつる影は同じ錦を底にさへ敷く
 
   130 (詞) 名取川をわたりけるに、岸の紅葉の影を見て

ありす川
○ 山城の歌枕。

 北区紫野、船岡山東麓にあったという賀茂斎院のそばを流れる川。
 歌に読み込まれた「ありす川」はこの川を指すが、現在はここに川はありません。
 右京区にも野々宮斎院の関係で有栖川があります。

   223  君すまぬ御うちは荒れてありす川いむ姿をもうつしつるかな

清瀧川
○ 山城の歌枕。右京区清滝。

 京都市北部の山間部を貫流して高雄、清滝から保津川に注いでいる川。
 清流ではあるが川幅は広くはない。月、白糸、筏などの詞を用いた
 叙景歌が多い。

    15  ふりつみし高嶺のみ雪とけにけり清瀧川の水のしらなみ

鳴滝川
○右京区御室。

 右京区鳴滝を流れる川です。仁和寺のある御室を流れていますので御室川ともいい、
 下流は天神川と名前を変えています。

   151  しばしこそ人めづつみにせかれけれはては涙やなる瀧の川

水無瀬河
○ 摂津(大坂)の国の歌枕。大阪府三島郡島本町の川名。
 
 普通は水のない(乏しい)川を言うが、後鳥羽院の水無瀬離宮ができてから、
 歌枕として定着したようである。

   49  水無瀬河をちのかよひぢ水みちて船わたりする五月雨の頃

みなと川
○ 湊川。兵庫県神戸市の地名。及び川名。

 六甲山地から発して神戸市を流れる川。湊川神社がある。

   100  みなと川苫に雪ふく友舟はむやひつつこそ夜をあかしけれ
 
立田川
○ 大和の歌枕。奈良県生駒郡斑鳩町。

 竜田は難波と大和を結んでいる交通の要衝。竜田山があり、竜田姫は秋をつかさどる
 神として俳句の季語にもなっている。紅葉の有名。在原業平の
 「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」などの有名な歌も多い。
     
   43  立田川きしのまがきを見渡せばゐせぎの波にまがふ卯花

佐保川
○ 大和の歌枕。奈良市の北部にある。

 佐保川、佐保山という言葉で万葉集からよく詠まれている。佐保山は奈良市の東北部に
 あたるために、地形的に春を象徴していて、佐保姫は春の女神とされている。

    23  見渡せばさほの川原にくりかけて風によらるる青柳の糸
                                 
ひろせ川

 奈良県の葛城川のこと。
 (ひろせ川)は全国にたくさんありますが、奈良県の金剛山から発する葛城川のことと
 見られています。
 奈良県北葛城郡河合に広瀬神社があり、そこには葛城川が流れていて、大和川に
 合流しています。ひろせ河とは合流後の大和川のことかとも思わせます。

    49  ひろせ河わたりの沖のみをつくしみかさそふらし五月雨のころ

さかひ川

 茨城県古河市。利根川水系の境川のことです。
 古河の少し南に古河の渡しがあったとのことです。

    70 (詞) 下野武蔵のさかひ川に、舟わたりをしけるに、霧深かりければ

隅田川
○武蔵の歌枕。東京都の東部。

 業平の伊勢物語に
 「名にしをはばいざ言問わむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」は隅田川で
 詠まれました。

    280  むかしおもふ心ありてぞながめつる隅田河原のありあけの月


天の川
○ 銀河にあるといわれている川。

  56 ふねよする天の川べの夕ぐれは凉しき風や吹きわたるらむ
 
  56 天の河けふの七日は長き世のためしにもひくいみもしつべし

  56 棚機のながき思ひもくるしきにこの瀬をかぎれ天の川なみ

  71 天の川名にながれたるかひありて今宵の月はことにすみけり

  82 みをよどむ天の川岸波かけて月をば見るやさくさみの神

  136 苗代にせきくだされし天の川とむるも神の心なるべし

  230 おなじくは嬉しからまし天の川のりをたづねしうき木なりせば 

 283  天の川流れてくだる雨をうけて玉のあみはるささがにのいと

 ○ 天の川
 摂津の地名。大阪府交野市天野が原町。

  107 【詞】 天王寺へまゐりけるに、片野など申すわたり過ぎて、見はるかされたる
         所の侍りけるを問ひければ、天の川と申すを聞きて、宿からむといひけむ
         こと思ひ出だされてよみける

  107  あくがれしあまのがはらと聞くからにむかしの波の袖にかかれる

涙川
○ 涙の流れを川にたとえた言葉。

  151  涙川ふかく流るゝみをならばあさき人目につつまざらまし
 
  151  もの思へば袖にながるる涙川いかなるみをに逢ふ瀬ありなむ
 
  154  涙川さかまくみをの底ふかみみなぎりあへぬ我がこころかな

  159  色ふかき涙の河の水上は人をわすれぬ心なりけり

みつせ川
○ 死後に渡るという三途の川のこと。

  155  もの思ふ涙ややがてみつせ河人をしづむる淵となるらむ

  257  みつせ川みつなき人はこころかな沈む瀬にまたわたりかかれる

はやせ川
○ 流れの速い川という意味。

   49  はやせ川綱手のきしを沖に見てのぼりわづらふさみだれの頃
 
  242  はやせ川なみに筏のたたまれてしづむなげきを人しらめやは



【山川】

   13  かすめども年のうちとはわかぬ間に春を告ぐなる山川の水

   43  山川の波にまがへるうの花を立ちかへりてや人は折るらむ

   51  山川の岩にせかれてちる波をあられとぞみる夏の夜の月

   92  立田姫染めし梢のちるをりはくれなゐあらふ山川のみづ
 
  167  つがはねどうつれる影を友として鴦住みけりな山川の水

  217  山川のみなぎる水の音きけばせむる命ぞ思ひしらるる

  277  山川にひとりはなれて住む鴛鴦のこころしらるる波の上かな

   13 (詞) 山ごもりして侍りけるに、年をこめて春に成りぬと聞きけるからに、
         霞みわたりて、山河の音日頃にも似ず聞えければ

【川瀬】

  55   みそぎしてぬさとりながす河の瀬にやがて秋めく風ぞ凉しき

  94   さゆれども心やすくぞ聞きあかす河瀬のちどり友ぐしてけり
 
  159  川の瀬によに消えぬべきうたかたの命をなぞや君がたのむる

【谷川】

  138  山ふかみさこそあらめときこえつつ音あはれなる谷川の水

  164  我が戀はほそ谷川の水なれやすゑにいはわるおときこゆなり

【小川】

   49  五月雨はいささ小川の橋もなしいづくともなくみをに流れて

   50  おもはずもあなづりにくき小川かな五月の雨に水まさりつつ

【河わた】 川わた(川曲)=川端、川べりのこと。

   50  河わだのよどみにとまる流木のうき橋わたす五月雨のころ
 
   94  川わたにおのおのつくるふし柴をひとつにくさる朝氷かな 

【その他】

   23  水底にふかきみどりの色見えて風に浪よる河やなぎかな

   54  なみたてる川原柳の青みどり凉しくわたる岸の夕風

   94  さゆれども心やすくぞ聞きあかす河瀬のちどり友ぐしてけり

  165  川風にちどり鳴くらむ冬の夜は我が思にてありけるものを

  166  杣くたすまくにがおくの河上にたつきうつべしこけさ浪よる
 
  166  河合やまきのすそ山石たてる杣人いかに凉しかるらむ
 
  170  嶺わたる嵐はげしき山ざとにそへてきこゆる瀧川の水

  243  流れてはいづれの瀬にかとまるべきなみだをわくるふた川の水

  274  しのにをるあたりもすずし河やしろ榊にかかる波のしらゆふ

   94 (詞)  氷、河の水をむすぶといふことを


【白河】 
○ 陸奥の地名

  130  都出でてあふ坂越えし折までは心かすめし白河の關・・・ほか

【北白河】
○ 山城の地名

  270  北白河の基家の三位のもとに、行蓮法師に逢ひにまかり
      たりけるに、心にかなはざる戀といふことを、人々よみ
      けるにまかりあひて・・・ほか
【古河】
○ 下野の地名。

  70   霧ふかき古河のわたりのわたし守岸の船つき思ひさだめよ

【粉河】
○ 紀伊の国の地名。

  136  小倉をすてて高野の麓に天野と申す山に住まれけり。おなじ院の帥の局、
      都の外の栖とひ申さではいかがとて、分けおはしたりける、ありがたくなむ。
      歸るさに粉河へまゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよと
      ありければ、ぐし申して粉河へまゐりたりける・・・以下略

【駿河】
○ 駿河の国名

  128  駿河の國久能の山寺にて、月を見てよみける

【三河】
○ 国名。三河の国。

  273  さみだれは原野の澤に水みちていづく三河のぬまの八つ橋

【三河内侍】 
○ 人名。

  205  御跡に三河内侍さぶらひけるに、九月十三夜人にかはりて

【三河入道】
○ 人名。

  252  三河の入道、人すすむとてかかれたる所にたとひ心にい
      らずともおして信じならふべし この道理を思ひいでて

【堀川】    
○ 人名。待賢門院堀川。

  137  待賢門院の女房堀川の局のもとより、いひ送られける・・・ほか

【松河】  
○ 松の樹が河に近いという意味。

  260  雙輪寺にて、松河に近しといふことを人々のよみけるに
 
以上   2004年12月25日入力

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