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山家集の研究 (佐佐木信綱校訂・岩波文庫・山家集から)
京都・西行の風景 数字はページ ( )内は詞書
詞書から抜粋 (赤字は地名・寺社名及び人名)
14 (春になりける方たがへに、志賀の里へまかりける人に具して
まかりけるに、逢坂山の霞みたりけるを見て)
歌 「わきて今日あふさか山の霞めるは立ちおくれたる春や越ゆらむ」
15 (嵯峨にまかりたるけるに、雪ふかかりけるを見おきて出でし
ことなど申し遣はすとて)
歌 「おぼつかな春の日數のふるままに嵯峨野の雪は消えやしぬらむ」
19 (世にあらじと思ひける頃、東山にて、人々霞によせて思を
のべけるに)
歌 「そらになる心は春の霞にてよにあらじとも思ひたつかな」
20 (嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍りけるより、梅の風に
ちりけるを)
歌 「ぬしいかに風渡るとていとふらむよそにうれしき梅の匂いを」
23 (山里の春雨といふことを、大原にて人々よみけるに)
歌 「春雨の軒たれこむるつれづれに人に知られぬ人のすみかか」
26 (春は花を友といふことを、せが院の斎院にて人々よみけるに)
歌 「おのづから花なき年の春もあらば何につけてか日をくらさまし」
26 (せが院の花盛なりける頃、としただがいひ送りける)
歌 「おのづから來る人あらばもろともにながめまほしき山櫻かな」
「としただ」
27 (上西門院の女房、法勝寺の花見られけるに、雨のふりて暮れに
ければ、歸られにけり。又の日、兵衛の局のもとへ、花の御幸
おもひ出させ給ふらむとおぼえて、かくなむ申さまほしかりし、
とて遣しける)
歌 「見る人に花も昔を思ひ出でて戀しかるべし雨にしおるる」
27 (白河の花、庭面白かりけるを見て)
歌 「あだにちる梢の花をながむれば庭には消えぬ雪ぞつもれる」
28 (世をのがれて東山に侍る頃、白川の花ざかりに人さそひければ、
まかり歸りけるに、昔おもひ出でて)
歌 「ちるを見て歸る心や櫻花むかしにかはるしるしなるらむ」
38 (夢中落花といふことを、前斎院にて人々よみけるに)
歌 「春風の花をちらすと見る夢は覺めても胸のさわぐなりけり」
44 (不尋聞子規といふことを、賀茂社にて人々よみけるに)
歌 「郭公卯月のいみにゐこもるを思ひ知りても來鳴くなるかな」
53 (水邊納涼といふことを、北白河にてよみける)
歌 「水の音にあつさ忘るるまとゐかな梢のせみの聲もまぎれて」
54 (松風如秋といふことを、北白河なる所にて人々よみて、また
水聲秋ありといふことをかさねけるに」
歌 「松風の音のみなにか石ばしる水にも秋はありけるものを」
56 (ときはの里にて初秋月といふことを人々よみけるに)
歌 「秋立つと思ふに空もただならでわれて光を分けむ三日月」
60 (忍西入道、西山の麓に住みけるに、秋の花いかにおもしろからん
とゆかしうと申し遣しける返事に、いろいろの花を折りあつめて)
歌 「鹿の音や心ならねばとまるらんさらでは野邊をみな見するかな」
66 (年ごろ申されたる人の、伏見に住むと聞きて尋ねまかりたりけるに
庭の道も見えず繁りて虫なきければ)
歌 「分けて入る袖にあわれをかけよとて露けき庭に虫さへぞ鳴く」
68 (人を尋ねて小野にまかりけるに、鹿の鳴きければ)
歌 「鹿の音を聞くにつけても住む人の心しらるる小野の山里」
68 (小倉の麓に住み侍りけるに、鹿の鳴きけるを聞きて)
歌 「をじか鳴く小倉の山の裙ちかみただひとりすむ我が心かな」
69 (寂然高野にまうでて、立ち歸りて大原より遣しける)
歌 「へだて來しその年月もあるものを名残多かる嶺の朝霧」
「寂然」
72 (同じこころを遍昭寺にて人々よみけるに)
歌 「やどしもつ月の光の大澤はいかにいづこもひろ澤の池」
85 (八月、月の頃夜ふけて北白河へまかりける、よしある様なる家の
侍りけるに、琴の音のしければ、立ちとまりてききけり。折あわれに
秋風樂と申す樂なりけり。庭を見入れければ、浅芽の露に月の
やどれるけしき、あはれなり。垣にそひたる荻の風身にしむらん
とおぼえて、申し入れて通りけり」
歌 「秋風のことに身にしむ今宵かな月さへすめる宿のけしきに」
86 (京極太政大臣、中納言と申しける折、菊をおびただしきほどに
したてて、鳥羽院にまゐらせ給うひたりける、鳥羽の南殿の
東おもてのつぼに、所なきほどに植ゑさせ給ひけり。公重少将、
人々すすめて菊もてなさせけるに、くははるべきよしあれば)
歌 「君が住むやどのつぼには菊ぞかざる仙の宮といふべかるらむ」
89 (秋の末に法輪寺にこもりてよめる)
歌 「大井河ゐせぎによどむ水の色に秋ふかくなるほどぞ知らるる」
90 (長樂寺にて、夜紅葉を思ふといふことを人々よみけるに)
歌 「よもすがらをしげなく吹く嵐かなわざと時雨の染むる紅葉を」
93 (野の邊りの枯れたる草といふことを、双林寺にてよみけるに)
歌 「さまざまに花咲きたりと見し野邊の同じ色にも霜がれにけり」
94 (世をのがれて鞍馬の奥に侍りけるに、かけひの氷りて水まで
こざりけるに、春になるまではかく侍るなりと申しけるを聞きて
よめる)
歌 「わりなしやこほるかけひの水ゆゑに思ひ捨ててし春の待たるる」
98 (仁和寺の御室にて、山家閑居見雪といふことをよませ給ひけるに)
歌 「降りつもる雪を友にて春までは日を送るべきみ山べの里」
98 (雪の朝、霊山と申す所にて眺望を人々よみけるに)
歌 「たけのぼる朝日の影のさすままに都の雪は消えみ消えずみ」
99 (加茂の臨時の祭かへり立の御神楽、土御門内裏にて侍りける
に、竹のつぼに雪のふりたりけるを見て)
歌 「うらがへすをみの衣と見ゆるかな竹のうら葉にふれる白雪」
101 (寂然入道大原に住みけるに遣しける)
歌 「大原は比良の高嶺の近ければ雪ふるほどを思ひこそやれ」
104 (東山にて人々年の暮れに思ひをのべけるに)
歌 「年暮れしそのいとなみは忘られてあらぬさまなるいそぎをぞする」
106 (遠く修行することありけるに、菩提院の前の斎院にまゐりたり
けるに、人々別の歌つかうまつりけるに) (註)
歌 「さりともと猶あふことを頼むかな死出の山路をこえぬ別は」
116 (西の國のかたへ修行してまかり侍るとて、みつのと申す所に
ぐしならひたる同行の侍りけるに、したしき者の例ならぬこと
侍るとて具せざりければ)
歌 「山城のみづのみくさにつながれてこまものうげに見ゆるたびかな」
122 (平等院の名かかれたるそとばに、紅葉の散りかかりけるを見て、
花より外にとありけむ人ぞかしと、あわれに覺えてよみける)
歌 「あはれとも花みし嶺に名をとめて紅葉ぞ今日はともに散りける」
135 (待賢門院の中納言の局、世をそむきて小倉の麓に住み侍りける
頃、まかりたりけるに、ことがらまことに憂にあわれなりけり。
風のけしきさえことにかなしかりければ、かきつけける)
歌 「山おろす嵐の音のはげしきをいつならひける君がすみかぞ」
135 (小倉をすてて高野の麓に天野と申す山に住まれけり。おなじ
院の帥の局、都の外の栖とひ申さではいかがとて、分けおは
したりけるに、ありがたくなむ。歸るさに粉河へまゐられける
に、御山よりいであひたりけるを、しるべせよとありければ、
ぐし申して粉河へまゐりたりける、かかるついでは今はある
まじきことなり。・・・・・・・・・・・・・後略)
歌 「あまくだる名を吹上の~ならば雲晴れのきて光あらせよ」
138 (入道寂然大原に住み侍りけるに、高野より遣しける)
歌 「山ふかみさこそあらめときこえつつ音あはれなる谷川の水」
145 (御あれの頃、賀茂にまゐりたりけるに、さうじにはばかる
戀といふことを、人々よみけるに)
歌 「ことづくるみあれのほどをすぐしても猶やう月の心なるべき」
145 (同じ社にて、~に祈る戀といふことを、~主どもよみけるに)
歌 「天くだる~のしるしのありなしをつれなき人の行方にてみむ」
146 (賀茂のかたに、ささきと申す里に冬深く侍りけるに、人々
まうで來て、山里の戀といふことを)
歌 「かけひにも君がつららや結ぶらむ心細くもたえぬなるかな」
165 (いにしへごろ、東山にあみだ房と申しける上人の庵室にまか
りて見けるに、あはれとおぼえてよみける)
歌 「柴の庵ときくはいやしき名なれども世に好もしきすまひなりけり」
169 (世をのがれて嵯峨に住みける人のもとにまかりて、後世のこと
おこたらずつとむべきよし申して歸りけるに、竹の柱をたて
たりけるを見て)
歌 「よよふとも竹の柱の一筋にたてたるふしはかはらざらなむ」
170 (八條院の宮と申しけるをり、白川殿にて蟲あはせられけるに、
かはりて、蟲入れてとり出だしける物に、水に月のうつりたる
よしをつくりて、その心をよみける)
歌 「行く末の名にや流れむ常よりも月すみわたる白川の水」
174 (堀川局仁和寺に住み侍りけるに、まゐるべきよし申したりけれ
ども、まぎるることありて程へにけり。月の頃まへを過ぎけるを
聞きて、いひ送られける)
歌 「西へ行くしるべとたのむ月かげの空だのめこそかひなかりけれ」
「待賢門院堀川」
174 (ある人、世をのがれて北山寺にこもりゐたりと聞きて、尋ね
まかりたりけるに、月あかかりければ)
歌 「世をすてて谷底に住む人みよと嶺の木のまを出づる月影」
176 (為なり、ときはに堂供養しけるに、世をのがれて山寺に住み
侍りける親しき人々まうできたりと聞きて、いひつかはしける)
歌 「いにしへにかはらぬ君が姿こそ今日はときはの形見なるらめ」
176 (ある人さまかへて仁和寺の奥なる所に住むと聞きて、まかりて
尋ねければ、あからさまに京にと聞きて歸りにけり。其のち人
つかはして、かくなんまゐりたりしと申したる返りごとに)
歌 「立ちよりて柴の烟のあはれさをいかが思ひし冬の山里」
178 (ある所の女房、世をのがれて西山に住むと聞きて尋ねければ、
住みあらしたるさまして、人の影もせざりけり。あたりの人に
かくと申し置きたりけるを聞きて、いひ送りける)
歌 「しほなれし苫屋もあれてうき波に寄るかたもなきあまと知らずや)
178 (阿闍梨兼堅、世をのがれて高野に住み侍りけり。あからさまに
仁和寺に出でて歸りもまゐらぬことにて、僧綱になりぬと聞きて、
いひつかはしける)
歌 「けさの色やわか紫に染めてける苔の袂を思ひかへして」
178 (新院、歌あつめさせおはしますと聞きて、ときはに、ためただが
歌の侍りけるをかきあつめて参らせける、大原より見せにつか
はすとて)
歌 「木のもとに散る言の葉をかく程にやがても袖のそぼちぬるかな」
「寂超」
181 (前大僧正慈鎭、無動寺に住み侍りけるに、申し遣しける)
歌 「いとどいかに山を出でじとおもふらむ心の月を獨すまして」
181 (世の中に大事出できて、新院あらぬさまにならせおはしまして
御ぐしおろして、仁和寺の北院におはしましけるに参りて、けん
げんあざり出であひたり。月あかくてよみける)
歌 「かかる世に影もかはらずすむ月をみる我が身さへ恨めしきかな」
185 (徳大寺の左大臣の堂に立ち入りて見侍りけるに、あらぬことに
なりて、あはれなり。三條太政大臣歌よみてもてなしたまひしこ
と、ただ今とおぼえて、忍ばるる心地し侍り。堂の跡あらためら
れたりける、さることのありと見えてあはれなりければ)
歌 「なき人のかたみにたてし寺に入りて跡ありけりと見て歸りぬる」
185 (三昧堂のかたへわけ参りけるに、秋の草ふかかりけり。
鈴虫の音かすかにきこえければ、あはれにて)
歌 「おもひおきし浅芽が露を分け入ればただわづかなる鈴虫の聲」
190 (故郷述懐といふことを、常盤の家にてためなりよみけるにまか
りあひて)
歌 「しげき野をいく一むらに分けなして更にむかしをしのびかへさむ」
190 (嵯峨に住みける頃、となりの坊に申すべきことありてまかり
けるに、道もなく葎のしげりければ)
歌 「立ちよりて隣とふべき垣にそひて隙なくはへる八重葎かな」
190 (大原に良せんがすみける所に、人々まかりて述懐の歌よみて、
つま戸に書きつけける)
歌 「大原やまだすみがまもならはずといひけん人を今あらせばや」
191 (七月十五日月あかかりけるに、舟岡と申す所にて)
歌 「いかでわれこよひの月を身にそへてしでの山路の人を照らさむ」
194 (寄紅葉懐舊といふことを、法金剛院にてよみけるに)
歌 「いにしへをこふる涙の色に似て袂にちるは紅葉なりけり」
194 (十月中の十日頃、法金剛院の紅葉見けるに、上西門院おはし
ますよし聞きて、待賢門院の御時おもひ出でられて、兵衛殿
の局にさしおかせける)
歌 「紅葉見て君がたもとやしぐるらむ昔の秋の色をしたひて」
195 (嵯峨野の、みし世にもかはりてあらぬやうになりて、人いなんと
したりけるを見て)
歌 「此里やさがのみかりの跡ならむ野山もはてはあせかはりけり」
195 (大覚寺の、金岡がたてたる石を見て)
歌 「庭の岩にめたつる人もなからましかどあるさまにたてしおかねば」
195 (大覚寺の瀧殿の石ども、閑院にうつされて跡もなくなりたりと
聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が、今だにかかるとよみ
けん折おもひ出でられて、あはれとおもほえければよみける)
歌 「今だにもかかりといひし瀧つせのその折までは昔なりけむ」
197 (そのかみこころざしつかうまつりけるならひに、世をのがれて
後も、賀茂に参りける、年たかくなりて四國のかた修行しける
に、又歸りまゐらぬこともやとて、仁和二年十月十日の夜まゐ
りて幣まゐらせけり。内へもまゐらぬことなれば、たなうの社に
とりつぎてまゐらせ給へとて、こころざしけるに、木間の月ほの
ぼのと常よりも~さび、あはれにおぼえてよみける)
歌 「かしこまるしでに涙のかかるかな又いつかはとおもふ心に」
198 (宇治川をくだりける船の、かなつきと申すものをもて鯉のくだる
をつきけるを見て)
歌 「宇治川の早瀬おちまふれふ船のかづきにちかふこひのむらまけ」
201 (待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に、人々、又の年の
御はてまでさぶらはれけるに、南おもての花ちりける頃、堀川
の女房のもとへ申し送りける)
歌 「尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君が行方を」
202 (近衛院の御墓に、人に具して参りたりけるに、露のふかかりければ)
歌 「みがかれし玉の栖を露ふかき野邊にうつして見るぞ悲しき」
202 (一院かくれさせおはしまして、やがて御所へ渡しまゐらせける
夜、高野より出であひて参りたりける、いと悲しかりけり。此後
おはしますべき所御覽じはじめけるそのかみの御ともに、
右大臣さねよし、大納言と申しけるさぶらはれける、しのばせ
おはしますことにて、又人さぶらはざりけり。其をりの御ともに
さぶらひけることの思ひ出でられて、折しもこよひに参りあひ
たる、昔今のこと思ひつづけられてよみける)
歌 「今宵こそ思ひしらるれ浅からぬ君に契りのある身なりけり」
204 (ゆかりありける人はかなくなりにける、とかくのわざに
鳥部山へまかりて、歸るに)
歌 「かぎりなく悲しかりけりとりべ山なきを送りて歸る心は」
204 (五十日の果つかたに、二條院の御墓に御佛供養しける人に
具して参りたりけるに、月あかくて哀なりければ)
歌 「今宵君しでの山路の月をみて雲の上をや思ひいづらむ」
207 (やがてその日さまかへて後、此返事かく申したりけり。
いと哀なり。
同じさまに世をのがれて大原にすみ侍りけるいもうとの、
はかなく成にける哀とぶらひけるに)
歌 「いかばかり君思はまし道にいらでたのもしからぬ別なりせば」
211 (鳥部野にてとかくのわざしける煙のうちより出づる月あはれ
に見えければ)
歌 「鳥部山わしの高嶺のすゑならむ煙を分けて出づる月かげ」
214 (仁和寺の宮にて、道心逐年深といふことをよませ給ひけるに)
歌 「浅く出でし心の水やたたふらむすみ行くままにふかくなるかな」
215 (さだのぶ入道、観音寺に堂つくりに結縁すべきよし申しつか
はすとて)
歌 「寺つくる此我が谷につちうめよ君ばかりこそ山もくづさめ」
「観音寺入道生光」
216 (世につかへぬべきやうなるゆかりあまたありける人の、さも
なかりけることを思ひて、清水に年越に籠りたりけるに
つかはしける)
歌 「此春はえだえだごとにさかゆべし枯たる木だに花は咲くめり」
222 (月の夜賀茂にまゐりてよみ侍りける)
歌 「月のすむみおやがはらに霜さえて千鳥とほたつ聲きこゆなり」
223 (斎院おはしまさぬ頃にて、祭の歸さもなかりければ、紫野を通るとて)
歌 「紫の色なきころの野邊なれやかたまほりにてかけぬ葵は」
224 (北まつりの頃、賀茂に参りたりけるに、折うれしくて待たるる程に
使まゐりたり。はし殿につきてへいふしをがまるるまではさること
にて、舞人のけしきふるまひ、見し世のことともおぼえず、あづま
遊にことうつ陪從もなかりけり。さこそ末の世ならめ、~いかに
見給ふらむと、恥しきここちしてよみ侍りける)
歌 「~の代もかはりにけりと見ゆるかな其ことわざのあらずなるにて」
224 (ふけ行くままに、みたらしのおと~さびてきこえければ)
歌 「みたらしの流はいつもかはらぬを末にしなればあさましの世や」
225 (男山二首) 「註」 二首とありますが実際は一首のみの記載です。
歌 「今日の駒はみつのさうぶをおひてこそかたきをらちにかけて通らめ」
241 (東山に清水谷と申す山寺に、世遁れて籠りゐたりける人の、れい
ならぬこと大事なりと聞きて、とぶらひにまかりたりけるに、あとの
ことなど思ひ捨てぬやうに申しおきけるを聞きてよみ侍りける)
歌 「いとへただつゆのことをも思ひおかで草の庵のかりそめの世ぞ」
248 (嵯峨に棲みけるに、たはぶれ歌とて人々よみけるを)
歌 「うなゐ子がすさみにならす麥笛のこゑにおどろく夏のひるぶし」
255 (武者のかぎり群れて死出の山こゆらむ。山だちと申すおそれは
あらじかしと、この世まらば頼もしくもや。宇治のいくさかとよ、馬
いかだとかやにてわたりたりけりと聞こえしこと思ひいでられて)
歌 「しづむなる死出の山がはみなぎりて馬筏もやかなはざるらむ」
257 (醍醐に東安寺と申して、理性房の法眼の房にまかりたりけるに、
にはかにれいならぬことありて、大事なりければ、同行に侍り
ける上人たちまで來あひたりけるに、雪のふかく降りたりけるを
見て、こころに思ふことありてよみける)
歌 「たのもしな雪を見るにぞ知られぬるつもる思ひのふりにけりとは」
258 (北山寺にすみ侍りける頃、れいならぬことの侍りけるに、
ほととぎすの鳴きけるを聞きて)
歌 「ほととぎす死出の山路へかへりゆきてわが越えゆかむ友にならなむ」
259 (五條の三位入道、そのかみ大宮の家にすまれけるをり、寂然・西住
なんどまかりあひて、後世のものがたり申しけるついでに、向花念
浄土と申すことを詠みけるに)
歌 「心をぞやがてはちすにさかせつるいまみる花の散るにたぐへて」
260 (雙輪寺にて、松河に近しといふことを人々のよみけるに)
歌 「衣川みぎはによりてたつ波はきしの松が根あらふなりけり」
260 (としたか、よりまさ、勢賀院にて老下女を思ひかくる戀と申す
ことをよみけるにまゐりあひて)
歌 「いちごもるうばめ媼のかさねもつこのて柏におもてならべむ」
260 (覺雅僧都の六條の房にて、忠季、登蓮なむ歌よみけるにまかり
あひて、里を隔てて雪をみるといふことをよみけるに)
歌 「篠むらや三上が嶽をみわたせばひとよのほどに雪のつもれる」
264 (爲忠がときはに爲業侍りけるに、西住・寂爲まかりて、太秦に
籠りたりけるに、かくと申したりければ、まかりたりけり。有明
と申す題をよみけるに)
歌 「こよひこそ心のくまは知られぬれ入らで明けぬる月をながめて」
266 (大原にをはりの尼上と申す智者のもとにまかりて、雨三日物語
申して歸りけるに、寂然庭に立ちいでて、名残多かる由申しけ
れば、やすらはれて)
歌 「歸る身にそはで心のとまるかな」 「西行」
(まことに今度の名残はさおぼゆと申して)
歌 「おくる思ひにかふるなるべし」 「寂然」
266 (人に具して修學院にこもりたりけるに、小野殿見に人々まかりける
に具してまかりて見けり。その折までは釣殿かたばかりやぶれ残り
て、池の橋わたされたりけること、から繪にかきたるやうに見ゆ。
きせいが石たて瀧おとしたるところぞかしと思ひて、瀧おとしたり
けるところ、目たてて見れば、皆うづもれたるやうになりて見わか
れず。木高くなりたる松のおとのみぞ身にしみける)
歌 「瀧おちし水のながれもあとたえて昔かたるは松のかぜのみ」
266 (いまだ世遁れざりけるそのかみ、西住具して法輪にまゐりたり
けるに、空仁法師經おぼゆとて庵室にこもりたりけるに、もの
がたり申して歸りけるに、舟のわたりのところへ、空仁まで
來て名残惜しみけるに、筏のくだりけるをみて)
歌 「はやくいかだはここに來にけり」 「空仁」
(薄らかなる柿の衣着て、かく申して立ちたりける。優に覺えけり)
歌 「大井川かみに井堰やなかりつる」 「西行」
267 歌 「むすびこめたる文とこそ見れ」 「空仁」
(このかへりごと、法輪へまゐりける人に付けてさし置かせける)
歌 「さとくよむことをば人に聞かれじと」 「西行」
270 (北白川の基家の三位のもとに、行蓮法師に逢ひにまかりたりけるに、
心にかなはざる戀といふことを、人々よみけるにまかりあひて)
歌 「物思ひて結ぶたすきのおひめよりほどけやすなる君ならなくに)
270 (忠盛の八條の泉にて、高野の人々佛かきたてまつることの侍り
けるにまかりて、月あかかりけるに池の蛙の鳴きけるをききて)
歌 「さ夜ふけて月にかはずの聲きけばみぎはもすずし池のうきくさ」
278 (覺雅僧都の六條房にて心ざし深き事によせて花の歌よみ侍りけるに)
歌 「花を惜しむ心のいろのにほひをば子をおもふ親の袖にかさねむ」
278 (無動寺へ登りて大乗院のはなち出に湖を見やりて)
歌 「ほのぼのと近江のうみをこぐ舟のあとなきかたにゆく心かな」
「慈鎭」
地名 「逢坂山・志賀の里・嵯峨・嵯峨野・大原・白河・東山・北白河・常盤の里・西山・伏見・
小野・小倉・大原・鞍馬・御室・霊山・加茂・比良・東山・ささきと申す里・舟岡・鳥部野・
清水・紫野・清水谷・宇治・醍醐・太秦・修学院・近江」
名所名 「清和院の斎院・法勝寺・前斎院・賀茂社・遍照寺・大沢の池・広沢の池・鳥羽院・
施設名 鳥羽の南殿・法輪寺・大井川・長楽寺・双林寺・仁和寺・土御門内裏・菩提院・平等院・
高野山・天野・粉河・あみだ房・白河殿・北山寺・無動寺・仁和寺の北院・三昧堂・
徳大寺左大臣の堂・法金剛院・大覚寺・閑院・たなうの社・宇治川・御所・鳥部山・観音寺・
御親河原・橋殿・御手洗川・東安寺・理性房・大宮の家・六條の房・小野殿・釣殿・
八條の泉・大乗院」
人名 「としただ・上西門院の女房・兵衛の局・忍西入道・寂然・京極太政大臣・公重少将・
待賢門院・帥の局・八條院の宮・堀川局・為なり・阿闍梨兼堅・新院・為忠・前大僧正慈鎮・
三條太政大臣・良せん・金岡・赤染・近衛院・右大臣さねよし・二條院・さだのぶ入道・西住・
五條三位入道・としたか・頼政・覺雅僧都・忠季・登蓮・をはりの尼・空仁法師・基家の三位・
行蓮法師・忠盛」
以上
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