地名の歌 【伊勢】
【伊勢】 国名。現在の三重県のほほすべてを占める。伊勢神宮がある。
おなじこころを、伊勢の二見といふ所にて
19 波こすとふたみの松の見えつるは梢にかかる霞なりけり
(岩波・集成・全書・注解)
伊勢のにしふく山と申す所に侍りけるに、庵の梅かうばしくにほひけるを
21 柴の庵によるよる梅の匂い来てやさしき方もあるすまひかな
(岩波・集成・全書・注解)
伊勢にまかりたりけるに、みつと申す所にて、海邊の春の暮といふことを、
神主どもよみけるに
41 過ぐる春潮のみつより船出して波の花をやさきにたつらむ
(岩波・集成・全書・注解)
伊勢にて、菩提山上人、對月述懐し侍りしに
77 めぐりあはで雲のよそにはなりぬとも月になり行くむつび忘るな
(岩波・全書・注解)
84 伊勢嶋や月の光のさひが浦は明石には似ぬかげぞすみける
(岩波・集成・全書・注解)
新宮より伊勢の方へまかりけるに、みきしまに、舟のさたしける浦人の、黒き髪は
一すぢもなかりけるを呼びよせて
120 年へたる浦のあま人こととはむ波をかづきて幾世過ぎにき
(岩波・集成・全書・注解)
世をのがれて伊勢の方へまかりけるに、鈴鹿山にて
124 鈴鹿山うき世をよそにふりすてていかになり行く我身なるらむ
(岩波・集成・全書・注解)
高野山を住みうかれてのち、伊勢國二見浦の山寺に侍りけるに、太神宮の御山をば
神路山と申す、大日の垂跡をおもひて、よみ侍りける
124 ふかく入りて神路のおくを尋ぬれば又うへもなき峰の松かぜ
(岩波・全書・注解)
伊勢にまかりたりけるに、太神宮にまゐりてよみける
124 榊葉に心をかけんゆふしでて思へば神も佛なりけり
(岩波・集成・全書・注解)
124 宮ばしらしたつ岩ねにしきたててつゆもくもらぬ日の御影かな
(岩波・全書・注解)
伊勢の月よみの社に參りて、月を見てよめる
125 さやかなる鷲の高嶺の雲井より影やはらぐる月よみの森
(岩波・集成・全書・注解)
修行して伊勢にまかりたりけるに、月の頃都思ひ出でられてよみける
125 都にも旅なる月の影をこそおなじ雲井の空に見るらめ
(岩波・集成・全書・注解)
伊勢のいそのへちのにしきの嶋に、いそわの紅葉のちりけるを
126 浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに錦の嶋といふにやあるらむ
(岩波・集成・全書・注解)
伊勢のたふしと申す嶋には、小石の白のかぎり侍る濱にて、黒は一つもまじらず、
むかひて、すが嶋と申すは、黒かぎり侍るなり
126 すが島やたふしの小石(こいし)わけかへて黒白まぜよ浦の濱風
(岩波・集成・全書・注解)
126 さぎじまのごいしの白をたか浪のたふしの濱に打寄せてける
(岩波・集成・全書・注解)
126 からすざきの濱のこいしと思ふかな白もまじらぬすが嶋の黒
(岩波・集成・全書・注解)
126 あはせばやさぎを烏と碁をうたばたふしすがしま黒白の濱
(岩波・集成・全書・注解)
伊勢の二見の浦に、さるやうなる女(め)の童どものあつまりて、わざとのこととおぼしく、
はまぐりをとりあつめけるを、いふかひなきあま人こそあらめ、うたてきことなりと申し
ければ、貝合に京よりひとの申させ給ひたれば、えりつつとるなりと申しけるに
126 今ぞ知るふたみの浦のはまぐりを貝あはせとておほふなりける
(岩波・集成・全書・注解)
168 塩風にいせの濱荻ふせばまづ穗ずゑに波のあらたむるかな
(岩波・集成・全書・注解)
伊勢より、小貝を拾ひて、箱に入れてつつみこめて、皇太后宮大夫の局へ遣すとて、
かきつけ侍りける
185 浦島がこは何ものと人問はばあけてかひある箱とこたへよ
(岩波・全書・注解)
福原へ都うつりありときこえし頃、伊勢にて月の歌よみ侍りしに
185 雲の上やふるき都になりにけりすむらむ月の影はかはらで
(岩波・全書・注解)
伊勢に斎王おはしまさで年經にけり。斎宮、立木ばかりさかと見えて、つい垣も
なきやうになりたりけるをみて
223 いつか又いつきの宮のいつかれてしめのみうちに塵を払はむ
(岩波・集成・全書・注解)
海上明月を伊勢にてよみけるに
238 月やどる波のかひにはよるぞなきあけて二見をみるここちして
(岩波・全書・注解)
五條三位入道のもとへ、伊勢より濱木綿遣しけるに
239 はまゆふに君がちとせの重なればよに絶ゆまじき和歌の浦波
(岩波・全書・注解)
伊勢にて~主氏良がもとより、二月十五の夜くもりたり
ければ申しおくりける
240 こよひしも月のかくるるうき雲やむかしの空のけぶりなるらむ (氏良)
(岩波・全書・注解)
伊勢に人のまうで來て、「かかる連歌こそ、兵衞殿の局せ
られたりしか。いひすさみて、つくる人なかりき」と語
りけるを聞きて
256 こころきるてなる氷のかげのみか
(岩波・全書・注解)
伊勢にて
279 波とみる花のしづ枝のいはまくら瀧の宮にやおとよどむらむ
(岩波・全書・注解)
【みもすそ川】 伊勢市内を流れる川。神宮の神域を流れる清流。
【五十鈴川】 御裳濯川の別名。
御裳濯川のほとりにて
125 岩戸あけしあまつみことのそのかみに櫻を誰か植ゑ始めけむ
(岩波・全書・注解)
みもすそニ首
225 初春をくまなく照らす影を見て月にまづ知るみもすその岸
(岩波・集成・全書・注解)
225 みもすその岸の岩根によをこめてかためたてたる宮柱かな
(岩波・集成・全書・注解)
公卿勅使に通親の宰相のたたれけるを、五十鈴の畔にて
みてよみける
261 いかばかり凉しかるらむつかへきて御裳濯河をわたるこころは
(岩波・全書・注解)
279 流れたえぬ波にや世をばをさむらむ~風すずしみもすその岸
(岩波・全書・注解)
御裳濯川歌合の表紙に書きて俊成に遣したる
281 藤浪をみもすそ川にせきいれて百枝の松にかかれとぞ思ふ
(岩波・全書・注解)
返事に歌合の奧に書きつけける
281 ふぢ浪もみもすそ川のすゑなれば下枝もかけよ松の百枝に (俊成)
(岩波・全書・注解)
【神路山】 伊勢神宮のある山。
高野山を住みうかれてのち、伊勢國二見浦の山寺に侍りけるに、太神宮の御山をば
神路山と申す、大日の垂跡をおもひて、よみ侍りける
124 ふかく入りて神路のおくを尋ぬれば又うへもなき峰の松かぜ
(岩波・全書・注解)
神路山にて
125 神路山月さやかなる誓ひありて天の下をばてらすなりけり
(岩波・全書・注解)
282 ~路山松のこずゑにかかる藤の花のさかえを思ひこそやれ (定家)
(岩波・全書・注解)
282 かみじ山君がこころの色を見む下葉の藤の花しひらけば
(岩波・全書・注解)
280 ~路山みしめにこもる花ざかりこらいかばかり嬉しかるらむ
(岩波・全書・注解)
280 ~路山岩ねのつつじ咲きにけりこらがまそでの色にふりつつ
(岩波・全書・注解)
【二見・ふたみ】 三重県伊勢にある町。古くから有名。
おなじこころを、伊勢の二見といふ所にて
19 波こすとふたみの松の見えつるは梢にかかる霞なりけり
(岩波・集成・全書・注解)
高野山を住みうかれてのち、伊勢國二見浦の山寺に侍りけるに、太神宮の御山をば
神路山と申す、大日の垂跡をおもひて、よみ侍りける
124 ふかく入りて神路のおくを尋ぬれば又うへもなき峰の松かぜ
(岩波・全書・注解)
伊勢の二見の浦に、さるやうなる女(め)の童どものあつまりて、わざとのこととおぼしく、
はまぐりをとりあつめけるを、いふかひなきあま人こそあらめ、うたてきことなりと申し
ければ、貝合に京よりひとの申させ給ひたれば、えりつつとるなりと申しけるに
126 今ぞ知るふたみの浦のはまぐりを貝あはせとておほふなりける
(岩波・集成・全書・注解)
233 箱根山こずゑもまだや冬ならむ二見は松のゆきのむらぎえ
(岩波・全書・注解)
238 月やどる波のかひにはよるぞなきあけて二見をみるここちして
(岩波・全書・注解)
「立石崎】 二見浦の夫婦岩のこと。夫婦岩を立石という。
250 逆艫おす立石崎の白波はあしきしほにもかかりけるかな
(岩波・全書・注解)
【宮川】 大台ケ原を源流として伊勢湾に注ぐ川。
279 ながれいでて御跡たれますみづ垣は宮川よりのわたらひのしめ
(岩波・全書・注解)
宮川歌合と申して、判の詞しるしつくべきよし申し侍りけるを書きて遣すとて
281 山水の深かれとてもかきやらず君がちぎりを結ぶばかりぞ (定家)
(岩波・全書・注解)
宮川歌合の奧に
282 君はまづうき世の夢のさめずとも思ひあはせむ後の春秋 (定家)
(岩波・全書・注解)
【鈴鹿】 三重県北部にある地名。
世をのがれて伊勢の方へまかりけるに、鈴鹿山にて
124 鈴鹿山うき世をよそにふりすてていかになり行く我身なるらむ
(岩波・集成・全書・注解)
250 ふりず名を鈴鹿になるる山賊は聞えたかきもとりどころかな
(岩波・全書・注解)
【山田の原】 伊勢神宮外宮近くの地名。
279 よろづ代を山田の原のあや杉に風しきたててこゑよばふなり
(岩波・全書・注解)
【桜の宮】 朝熊山山腹にある朝熊神社の摂社。
125 神風に心やすくぞまかせつる桜の宮の花のさかりを
【風の宮】 伊勢神宮内宮の中の一宮。
279 この春は花を惜しまでよそならむこころを風の宮にまかせて
(岩波・全書・注解)
【麻生の浦】 伊勢の歌枕ですが場所は不詳のようです。三重県多気郡にある
大淀海岸あたりとも、鳥羽市浦村町にあると麻生の浦とも言われ
239 心やる山なしと見る麻生の浦はかすみばかりぞめにかかりける
(岩波・全書・注解)
【内宮】 伊勢神宮の内宮。宇治は近くの地名
内宮のかたはらなる山陰に、庵むすびて侍りける頃
125 ここも又都のたつみしかぞすむ山こそかはれ名は宇治の里
(岩波・全書・注解)
【あひの中山】 不明。伊勢市宇治の近くにあるという。ほかにも駿府などにある。
154 東路やあひの中山ほどせばみ心のおくの見えばこそあらめ
(岩波・集成・全書・注解)
【いせじま】 この歌の(いせじま)は九州にあると解釈できます。
118 いせじまやいるるつきてすまうなみにけことおぼゆるいりとりのあま
(岩波・集成・全書・注解)
(その他の伊勢の歌)
121 黒髪は過ぐると見えし白波をかづきはてたる身には知るあま
124 宮はしらしたつ岩ねにしきたててつゆもくもらぬ日の御影かな
261 神風にしきまくしでのなびくかな千木高知りてとりをさむべし
261 宮はしらしたつ岩ねにしきたててつゆもくもらぬ日の御影かな(124Pと重出歌)
261 千木高く神ろぎの宮ふきてけり杉のもと木をいけはぎにして
261 世の中をあめのみかげのうちになせあらしほあみて八百合の神
261 いまもされむかしのことを問ひてまし豊葦原の岩根このたち
279 神人が燎火すすむるみかげにはまさきのかづらくりかへせとや
279 朝日さすかしまの杉にゆふかけてくもらず照らせ世をうみの宮
* 何事のおはしますをば知らねどもかたじけなさに涙こぼるる
* 梢みれば秋にかはらぬ名なりけり花おもしろき月読の宮
* 思ひきや二見の浦の月を見て明け暮れ袖に浪かくるとは
(*の歌は西行作とは確定していないようです。)
(伊勢で詠んだ歌)
八嶋内府、鎌倉にむかへられて、京へまた送られ給ひけり。武士の、母の
ことはさることにて、右衞門督のことを思ふにぞとて、泣き給ひけると聞きて
185 夜の鶴の都のうちを出でであれなこのおもひにはまどはざらまし
遠く修行しけるに人々まうで來て餞しけるによみ侍り
ける
280 頼めおかむ君も心やなぐさむと歸らむことはいつとなくとも
返し二首 後日に送る
281 和歌の浦に汐木かさぬる契りをばかけるたくもの跡にてぞみる
281 さとり得て心の花しひらけなばたづねぬさきに色ぞそむべき
281 結び流す末をこころにたたふれば深く見ゆるを山がはの水
282 春秋を君おもひ出ば我はまた月と花とをながめおこさむ
「伊勢・二見・二見浦・にしふく山・みつ・さひが浦・みきしま・鈴鹿山・伊勢島・神路山・
月よみの森・にしきの島・たふし・すが島・さぎ島・からすざき・瀧の宮・五十鈴・みもすそ川・
立石崎・宮川・山田の原・桜の宮・風の宮・麻生の浦・内宮・宇治の里・あひの中山」
95 風さむみいせの濱荻分けゆけば衣かりがね浪に鳴くなり
(岩波・全書)
西行作とされている上の歌は 大江匡房 の歌です。新古今集945番です。
2005年1月23日入力
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参考文献
岩波=岩波文庫山家集(佐佐木信綱氏校訂
集成=新潮日本古典集成山家集(後藤重郎氏校註)
全書=日本古典全書山家集(伊藤嘉夫氏校註)
注解=西行山家集全注解(渡部保氏著)