もどる

  地名の歌 【四国】 【讃岐】

【四国】


    四國のかたへ具してまかりたりける同行の、都へ歸りけるに

  109  かへり行く人の心を思ふにもはなれがたきは都なりけり

    ひひしぶかはと申す方へまかりて、四國の方へ渡らんとしけるに、風あしくて程へけり。
    しぶかはのうらたと申す所に、幼きものどもの、あまた物を拾ひけるを問ひければ、
    つみと申すもの拾ふなりと申しけるを聞きて

  115  おりたちてうらたに拾ふ海人の子はつみよりつみを習ふなりけり

    そのかみこころざしつかうまつりけるならひに、世をのがれて後も、賀茂に参りける、
    年たかくなりて四國のかた修行しけるに、又歸りまゐらぬこともやとて、仁和二年十月
    十日の夜まゐりて幣まゐらせけり。内へもまゐらぬことなれば、たなうの社にとりつぎて
    まゐらせ給へとて、こころざしけるに、木間の月ほのぼのと常よりも神さび、あはれに
    おぼえてよみける

  198  かしこまるしでに涙のかかるかな又いつかはとおもふ心に

【讃岐】 四国にある国名

      (以下、讃岐での連作)

  
    讃岐の國へまかりて、みの津と申す津につきて、月のあかくて、ひゞのてもかよはぬ
    ほどに遠く見えわたりけるに、水鳥のひゞのてにつきて飛びわたりけるを

  110  しきわたす月の氷をうたがひてひゞのてまはる味のむら鳥
 
  110  いかで我心の雲にちりすべき見るかひありて月を詠めむ
 
  110  詠めをりて月の影にぞ夜をば見るすむもすまぬもさなりけりとは
 
  110  雲はれて身に愁なき人のみぞさやかに月の影はみるべき
 
  110  さのみやは袂に影を宿すべきよわし心に月な眺めそ
 
  110  月にはぢてさし出でられぬ心かな詠むる袖に影のやどれば
 
  110  心をば見る人ごとにくるしめて何かは月のとりどころなる
 
  110  露けさはうき身の袖のくせなるを月見るとがにおほせつるかな
 
  110  詠めきて月いかばかりしのばれむ此の世し雲の外になりなば
 
  110  いつかわれこの世の空を隔たらむあはれあはれと月を思ひて
 
    讃岐にまうでて、松山と申す所に、院おはしましけむ御跡尋ねけれども、
    かたもなかりければ
  
  110  松山の波に流れてこし舟のやがてむなしくなりにけるかな

  111  まつ山の波のけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり
 
    白峰と申す所に、御墓の侍りけるにまゐりて

  111  よしや君昔の玉の床とてもかゝらむ後は何にかはせむ

    同じ國に、大師のおはしましける御あたりの山に庵むすびて住みけるに、月いと
    あかくて、海の方くもりなく見え侍りければ

  111  くもりなき山にて海の月みれば島ぞ氷の絶間なりける
 
    住みけるままに、庵いとあはれに覺えて

  111  今よりは厭はじ命あればこそかかるすまひのあはれをもしれ
 
    庵のまへに松のたてりけるを見て

  111  久にへて我が後の世をとへよ松跡したふべき人もなき身ぞ
 
  111  ここを又我が住みうくてうかれなば松はひとりにならむとすらむ
 
    雪のふりけるに

  111  松の下は雪ふる折の色なれやみな白妙に見ゆる山路に
 
  112  雪つみて木も分かず咲く花なればときはの松も見えぬなりけり
 
  112  花とみる梢の雪に月さえてたとへむ方もなき心地する
 
  112  まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞなかりける
 
  112  折しもあれ嬉しく雪の埋むかなきこもりなむと思ふ山路を
 
  112  なかなかに谷の細道うづめ雪ありとて人の通ふべきかは
 
  112  谷の庵に玉の簾をかけましやすがるたるひの軒をとぢずば
 
    花まゐらせける折しも、をしきに霰のふりかかりければ

  112  しきみおくあかのをしきにふちなくば何に霰の玉とまらまし
 
    大師の生れさせ給ひたる所とて、めぐりしまはして、そのしるしの松のたてりけるを見て

  112  あはれなり同じ野山にたてる木のかかるしるしの契ありけり
 
  112  岩にせくあか井の水のわりなきは心すめともやどる月かな
 
    まんだら寺の行道どころへのぼるは、よの大事にて、手をたてたるやうなり。大師の
    御經かきてうづませおはしましたる山の嶺なり。ばうのそとは、一丈ばかりなるだん
    つきてたてられたり。それへ日毎にのぼらせおはしまして、行道しおはしましけると
    申し傳へたり。めぐり行道すべきやうに、だんも二重につきまはされたり。登る程の
    あやふさ、ことに大事なり。かまへて、はひまはりつきて

  113  めぐりあはむことの契ぞたのもしききびしき山の誓見るにも
 
    やがてそれが上は、大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたる嶺なり。わかはいし
    さと、その山をば申すなり。その邊の人はわかいしとぞ申しならひたる。山もじをば
    すてて申さず。また筆の山ともなづけたり。遠くて見れば筆に似て、まろまろと山の嶺の
    さきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり。行道所より、かまへてかきつき
    登りて、嶺にまゐりたれば、師に遇はせおはしましたる所のしるしに、塔を建ておはし
    ましたりけり。塔の石ずゑ、はかりなく大きなり。高野の大塔ばかりなりける塔の跡と
    見ゆ。苔は深くうづみたれども、石おほきにしてあらはに見ゆ。筆の山と申す名につきて

  114  筆の山にかきのぼりても見つるかな苔の下なる岩のけしきを

    善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師かき具せられたりき。
    大師の御手などもおはしましき。四の門の額少々われて、大方はたがはずして侍りき。
    すゑにこそ、いかゞなりけんずらんと、おぼつかなくおぼえ侍りしか

    讃岐にて、御心ひきかへて、後の世のこと御つとめひまなくせさせおはしますと聞きて、
    女房のもとへ申しける。此文をかきて、若人不嗔打以何修忍辱

  182  世の中をそむく便やなからましうき折ふしに君があはずば
 
    是もついでに具して参らせける

  182  淺ましやいかなるゆゑのむくいにてかかることしもある世なるらむ
 
  182  ながらへてつひに住むべき都かは此世はよしやとてもかくても
 
  182  幻の夢をうつつに見る人はめもあはせでや夜をあかすらむ
 
    かくて後、人のまゐりけるに

  182  その日より落つる涙をかたみにて思ひ忘るる時の間ぞなき
 
  182  目のまへにかはりはてにし世のうきに涙を君もながしけるかな(女房)
 
  183  松山の涙は海に深くなりてはちすの池に入れよとぞ思ふ
 
  183  波の立つ心の水をしづめつつ咲かん蓮を今は待つかな

    讃岐へおはしまして後、歌といふことの世にいときこえざりければ、寂然がもとへ
    いひ遣しける

  183  ことの葉のなさけ絶えにし折ふしにありあふ身こそかなしかりけれ
  
  183  しきしまや絶えぬる道になくなくも君とのみこそあとを忍ばめ(寂然)
 
    讃岐の位におはしましけるをり、みゆきのすずのろうを聞きてよみける

  184  ふりにける君がみゆきのすずのろうはいかなる世にも絶えずきこえむ
 
    新院さぬきにおはしましけるに、便につけて女房のもとより

  184  水莖のかき流すべきかたぞなき心のうちは汲みて知らなむ(崇徳院もしくは女房)
 
  184  程とほみ通ふ心のゆくばかり猶かきながせ水ぐきのあと
  
  184  いとどしくうきにつけても頼むかな契りし道のしるべたがふな(崇徳院もしくは女房)
 
  184  かかりける涙にしづむ身のうさを君ならで又誰かうかべむ(崇徳院もしくは女房)
 
  184  頼むらんしるべもいさやひとつ世の別にだにもまよふ心は

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【ひひ】 日比。岡山県玉野市日比のこと。
【しぶかは】 渋川。岡山県玉野市渋川。日比の少し西にある地名。 
【しぶかはのうらた】 渋川の浦か渋川の浦田か不明。どちらにしても渋川にある村のこと。
【みの津】 香川県三豊郡三野町。
    http://www.library.pref.kagawa.jp/kgwlib_doc/local/local_0011-13.html

【松山】 香川県坂出市。
【白峰】 香川県坂出市にある標高380メートルの山。崇徳院の白峰陵がある。
【まんだら寺】 四国72番札所。弘法大師が曼荼羅寺と改称。
         http://www.geocities.jp/yosiharahome/hmanda06.htm

【わがはいし】 我拝師山。善通寺市にある弘法大師ゆかりの山。
【筆の山】 我拝師山の別名。
【善通寺】 香川県の都市。弘法大師が父の法名をつけた善通寺がある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  「四国・ひひ・しぶかわ・しぶかわのうらた・みの津・讃岐・松山・
   白峰・わがはいし・筆の山・善通寺・賀茂」

2005年1月31日入力
未校正
       ページの先頭
参考文献
        岩波=岩波文庫山家集(佐佐木信綱氏校訂
        集成=新潮日本古典集成山家集(後藤重郎氏校註)
        全書=日本古典全書山家集(伊藤嘉夫氏校註)
        注解=西行山家集全注解(渡部保氏著)