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もみの木歌集
2002年度
第一部 (1〜50)
001
2001年大晦日に吉野西行庵に坐っておられる西行像の写真を撮ってきました。
その写真をAさんのHPに載せていただきました。
はるばると雪の吉野の庵を出で
画像に座する西行像に感謝
002
通勤途上の歌です。
寒風の朝の街行く今日の日も
幸せかもしれない六地蔵待つ
003
若者のイヤホーンからの音拾い
車窓より見るセピア色の空
004
青空に煙の柱立ち昇り
海風は眠る今日は冬麗
005
また日帰りで東京へ行ってきました。新幹線からの伊吹山も富士山も
現実から離脱した神々しい姿でした。
大寒の空に浮かんだ白雪の
富士は神仙の領域と思ふ
006
東京をひかりで出発50分
富士の裾野を見てから眠る
007
会議にてまたうろうろと上京す
エスカレーターは左側待機
008
窓から見る風景は、「冬景色」という印象の、曇った景色でしたが、
遠い山々の稜線は鮮明に見えて、山全体はくすんだ紫色でした。
水墨(すいぼく)を流した色の雲々は
紫匂う山に渦巻く
009
闇を抜け木立の中を駆け貫けて
朝陽は今日も私に届く
010
やはらかにこほれるあさひゆふべには
あなたのまちへしずかにかへる
011
遥かなる大和の峯よりこぼれくる
朝陽は街に投影図描く
012
通勤途上の川に時々小さな白鷺を見かけることがあります。
山があり白鷺の飛ぶ川があり
くすんだ空あり我もここにあり
013
2月末に北九州へ行ってきました。大宰府、宇佐八幡のコースも入っていました。
大宰府は、大伴旅人、家持、山上億良、菅原道真にも縁のある所。宇佐八幡は
和気清麿が御神託を受けに行ったところでもあります。
かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける
百人一首6番 大伴家持
(かささぎは陰暦7月7日の夜、牽牛星、織女星が逢うとき、かささぎが翼を
連ねて天の川に橋をかけ織女星を渡すという中国の伝説がある。)
佐賀へ行ってからわかったのですが、このかささぎも見ることが出来ました。
この鳥は、「カチカチ」と鳴くので、昔、鍋島藩の鍋島直茂という人が、
縁起がいいということで、朝鮮半島から連れて帰ったということでした。
七夕の天の川飛ぶかささぎを
今日佐賀で見た! 柳川沿いでも
014
大浦のマリアの像を仰ぐたび
心は清みて新しくなる
015
ビードロを吹きつつのぼる旅行生
雨の長崎カステラを買う
016
幹線道路の電柱や柳川でもかささぎを見ました。川岸の木の上にも巣が見えました。
柳川の頭上の橋には車行き
どんぶらこっこと川舟はくぐる
017
立野より神々おはす阿蘇に入る
ランドルトの環(わ)の切れ目なる駅
正式にはランドルト氏環というのですが、視力検査の時に使うドーナツを
一口齧ったような形のものです。(「C」のような形)
018
つややかな緑の命育みて
きぬさやの花雛の日に咲く
019
アレルギー性鼻炎でマスクをしているとこういう気分になります。
生きること一ヶ月間予約する
すみれ咲く駅定期券買う
020
吹田市にある垂水神社へ行ってきました。
石はしる垂水の上のさ蕨の萌え出る春になりにけるかも
(万葉集 巻8-1418) 志貴皇子
歌の縁の神社です。
萌えいづる春になりけり垂水瀧
こころ澄ませば竹のささやき
021
去年(こぞ)よりも桜前線速まりぬ
言うだけ言えば虚しくなる春
022
欲張って、明月展と雪舟展を見に行ってきました。
転勤が決まりし春の明月記(めいげっき)展
そぞろ観るなり「天晴」「雨降」
冷泉家の人は、めいげっきとも言うそうですね。内容はあまり読めませんでしたが、
「天晴」「雨降」というのはよくわかりました。
023
雪清く舟は漂う心なり
雪舟の由来聞きて絵を見る
024
これからは、こんな景色のいいところを通って通勤するんだ!
と感慨深く思って、その間、歌を2首作りました。
バス待ちて桜並木を見つめてた
頭上を見ても桜咲いてた
025
雪柳小さく白い花懐き
花冷えの日に零れずに咲く
026
昨日の昼休みは、職場の女性達11人で食事をして、帰りに裁判所の満開の
桜の下で記念撮影をしました。転勤する人を送る春ごとの行事のようなもの
でしたが、今年は送られる側になりました。
さくら咲き皆で集いしこの春も
文書番号 「永久保存」
027
4月の西行ML関西オフ会はJR京都駅からバスで片道約2時間弱
(途中で京北町営バスに乗りかえます。)かかる京北町にある常照皇寺の
九重桜を見に行きました。北朝初代の天皇である光厳院縁のお寺です。
東京、名古屋、岐阜、京都、兵庫、大阪から十名集まりました。
九重というのは尊い人という意味があるようです。さらさらと枝垂れる見事な
桜でした。常照皇寺は、嵐山の天竜寺と同じく夢窓国師縁の禅寺です。
静かなるざわめきがあり春毎に
歴史を伝える九重の桜(はな)
028
その昔陸の孤島の寺に座し
桜咲く春待つ人を想ふ
029
カエル鳴く山国御陵の小川には
くもの巣かかり桜花浮く
030
そして最後に、桂川の岸の落ちそうなところで眠っている人を見て
桂川の岸に眠れる人のあり
心も花も水面に流れて
今日のおやつはシェフYさんお手製のアーモンド入りシュークリームでした。
031
西行の妻と娘が晩年過ごしたという天の里へ行ってきました。西行庵には木箱の
中に記帳ノートが置いてありました。私も記帳し最後に一句書いてきました。
うららかな春の日もあり天野里
032
天野の里は高野山の麓にあります。冬は寒いところで、庵の生活も厳しかった
かもしれませんが、今日は、暖かないい日でした。苦しい、厳しい生活
ばかりでもなかったかもしれない。穏やかないい日もあったかもしれないと
思われました。西行の妻と娘の供養碑もおまいりしました。
天野の里には、貧女の一燈お照の墓、待賢門院のお墓と言われているもの、
有王の墓、横笛の恋塚など、いろいろな縁のものがあります。数キロ歩いた
だけですが、お天気もよく暑いくらいでした。
桜花風吹くままに舞い落ちる
蝶も飛び交う天野の里は
033
天野里黄水仙の花が咲き
貧者の一燈お照の墓あり
034
西行の庵の軒陰寄り添いて
母娘が眠る桜枝垂れて
035
3月末の桜の時期にも弘川寺へは行ったのですが、新緑の5月に、OさんとWさんと
一緒に、弘川寺と天野の里へも再度、行ってきました。紀行文のような歌です。
若葉満つ弘川寺の西行像
北面武士の面影探す
036
惜春の緑輝く弘川に
散りても西行は待つ
037
西行の塚の広場に座してみる
去年(こぞ)懐かしみ同じポーズで
038
弘川は緑なりけり北面の
武士の面影西行像見る
039
天野里妻娘(おやこ)眠れる西行庵
燈篭模様はハートのマーク
気をつけてよく見ると、庵の燈篭の模様はハートなのです。
040
のどかなる若葉茂れる天野里
春が忘れた竹の子がある
041
西行に手繰りよせらる縁かな
庵の御記帳友のメモ読む
ご記帳を見ていると、西行MLのTさん、Kさんのご記帳もあり、皆で楽しく読みました。
042
「笑」という歌題で詠みました。
泣くよりも笑って生きる難しさ
幼子の笑みは例外と見る
初めは圏外としていたのですが、例外にしました。
043
春と秋に岡井先生の短歌講座が京都のK大学であるのですが、京阪出町柳
から叡山電車で鞍馬行きに乗ります。時間があったので鞍馬まで行ってきました。
終点の鞍馬に近づくと、電車の中にいても木の香りがしてきます。
精霊の木の香溶け込む鞍馬山
「すべては尊天にてまします」
044
6月初め友人と吉野宮滝のハイキングへ行ってきました。
近鉄あべの駅のあやとりをしている人形の前でいつも待ち合わせます。
片隅のあやとりで遊ぶ少女像
その無心さを無心に見てみる
045
こんな日は奈良へ行きたい風の澄む
山の向こうの鶯の谷
046
クリの花枝垂れ咲くなり香高く
実のなる過程今は想わず
047
歌題「異」で、私の提出した歌です。
わが胸の異物となりて溶け入れぬ
君が唱えし方便という嘘
岡井先生がなおしてくださったもの
わが胸の異物となりぬ君の言う
方便としての嘘の言葉が
異物だから溶け入れない。同じ意味になるそうです。
だから「溶き入れぬ」はいらない。
048
歌題の「戦」ですが、四首作りました。
<吉野の後醍醐天皇御陵のことです>
最期まで戦い続きし吉野には
唯一北向く御陵(みささぎ)のあり
049
東大寺にある四天王の一人である広目天についてです。ジャーナリストの人が、
広目天をよく拝みに行くのだと言われていました。邪鬼を踏みつけ、
お経を守っています。
筆構え左手(ゆんで)に卷子睨み立つ
広目天の戦う邪鬼とは
050
先生の直してくださった歌です。
筆構え左手に卷子掴みもち
広目天は邪鬼と戦う
。