もどる
                     

地名の歌  【大和】

【三笠山】  奈良市の東部の山。若草山の別名。

  15    三笠山春はこゑにて知られけり氷をたたく鶯のたき
                             (岩波)

  142   光さす三笠の山の朝日こそげに萬代のためしなりけれ
                             (岩波・集成・全書・注解)

  275   三笠山月さしのぼるかげさえて鹿なきそむる春日野のはら
                             (岩波・全書・注解)

     春日にまゐりたりけるに、常よりも月あかくあはれなりければ

   76   ふりさけし人の心ぞ知られける今宵三笠の山をながめて
                             (岩波・集成・全書・注解)

     奈良法雲院のこうよ法眼の許にて、立春をよみける

  262   三笠山春をおとにて知らせけりこほりをたたくうぐひすの瀧
                             (岩波・全書・注解)
 

【立田川・立田山・立田姫】 奈良県西部、生駒山東側にある地名。紅葉の名所。

  43    立田川きしのまがきを見渡せばゐせぎの波にまがふ卯花
                             (岩波・集成・全書・注解)

  72    立田山月すむ嶺のかひぞなきふもとに霧の晴れぬかぎりは
                             (岩波・集成・全書・注解)

  90    立田やま時雨しぬべく曇る空に心の色をそめはじめつる
                             (岩波・全書・注解)
 
  92    立田姫染めし梢のちるをりはくれなゐあらふ山川のみづ
                             (岩波・集成・全書・注解)


【葛城】 奈良県の南西部一帯を指す地名。山は大阪と奈良を隔てる。

     かつらぎを尋ね侍りけるに、折にもあらぬ紅葉の見えけるを、何ぞと問ひければ、
     正木なりと申すを聞きて

  119   かつらぎや正木の色は秋に似てよその梢のみどりなるかな
                              (岩波・集成・全書・注解)

     高野へまゐりけるに、葛城の山に虹の立ちけるを見て

  270   さらにまたそり橋わたす心地してをぶさかかれるかつらぎの嶺 
                              (岩波・全書・注解)  
 
  237   よる鳴くに思ひ知られぬほととぎすかたらひてけり葛城の~
                              (岩波・全書・注解)

   *    麓まで唐紅に見ゆるかなさかりしぐるる葛城の峯
                              (西行)「近年発見歌) 


【秋しの】 秋篠。奈良市北部の地名。秋篠寺がある。
 
  90    秋しのや外山の里や時雨るらむ生駒のたけに雲のかかれる
                             (岩波・全書・注解)

  247   初雪は冬のしるしにふりにけり秋しの山の杉のこずゑに
                             (岩波・全書・注解)

【いそのかみ】 石上。奈良県天理市付近の地名。石上神宮がある。

  57    いそのかみ古きすみかへ分け入れば庭のあさぢに露ぞこぼるる
                              (岩波・集成・全書・注解) 

  283   いそのかみ古きをしたふ世なりせば荒れたる宿に人住みなまし
                              (岩波・全書・注解)

   *   いそのかみあれたる宿をとひに来てたもとに雨ぞさらにふりぬる
                              (全書・注解)


【いはれ】 磐余。高市郡などにわたる古い地名。

  58    いはれ野の萩が絶間のひまひまにこの手がしはの花咲きにけり
                               (岩波・集成・全書・注解)
 
  63    ねざめつつ長き夜かなといはれ野に幾秋までも我が身へぬらむ
                               (岩波・集成・全書・注解)


【かつまた】 勝間田。奈良市七条にある池。現在は大池と呼ぶ。

  50    水なしと聞きてふりにしかつまたの池あらたむる五月雨の頃
                               (岩波・集成・全書・注解)

  72    水なくて氷りぞしたるかつまたの池あらたむる秋の夜の月
                               (岩波・集成・全書・注解)


【春日野】 春日大社付近の平坦部。奈良公園の一部。
 
  17    春日野は年のうちには雪つみて春は若菜のおふるなりけり
                                (岩波・集成・全書・注解)

  275   三笠山月さしのぼるかげさえて鹿なきそむる春日野のはら
                                (岩波・全書・注解)


【ふる野】 布留野。天理市石上辺りの古い地名。

  17    春雨のふる野の若菜おひぬらしぬれぬれ摘まん籠(かたみ)手ぬきれ
                                (岩波・集成・全書・注解)


【さほ】 佐保。奈良県北部を流れる川。多くの歌に詠まれている。

  23    見渡せばさほの川原にくりかけて風によらるる青柳の糸
                                (岩波・集成・全書・注解)


【初瀬】 桜井市などの初瀬川の流域を指す。長谷寺で有名。

  44    郭公ききにとてしもこもらねど初瀬の山はたよりありけり
                               (岩波・集成・全書・注解)


【たかまの山】
 高間山。葛城山の中に高間山と呼ばれている峯があります。

  45    聞きおくる心を具して時鳥たかまの山の嶺こえぬなり
                               (岩波・集成・全書・注解)


【ひろせ河】 奈良県葛城川の別称。

  49    ひろせ河わたりの沖のみをつくしみかさそふらし五月雨のころ
                                (岩波・集成・全書・注解)


【あおね山】 青根山。奈良県吉野にある山。

  99    あをね山苔のむしろの上にして雪はしとねの心地こそすれ
                                (岩波・集成・全書・注解)

 
【宮滝川】 吉野宮滝付近での吉野川の別称。紀伊川となる。

      りうもんにまゐるとて

  118   瀬をはやみ宮瀧川を渡り行けば心の底のすむ心地する
                                (岩波・集成・全書・注解)


【宮川】 この歌の「みや川」は吉野国栖あたり流れる川を指します。
      別の「宮川」は大台ケ原から三重県の方に注ぐ川。 

  172   瀧おつる吉野の奥のみや川の昔をみけむ跡したはばや
                                (岩波・集成・全書・注解)


【ふたかみ山】 二上山。大阪と奈良を隔てる山。当麻寺の背後の山。峯が二つに
          分かれた山という意味もある。越中の歌枕でもあり、この歌は大和か
          越中か不明。
          
  245   雲おほふふたかみ山の月かげは心にすむや見るにはあるらむ
                                  (岩波・全書・注解)  


【黒髪山】  大和の歌枕。奈良市北端にある興福寺の山という。備中、下野にもある。  

  235  ながむながむ散りなむことを君もおもへ黒髪山に花さきにけり

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【大峰山中の歌】       以下すべて(岩波・集成・全書・注解)

【みたけ】 御嶽。吉野の大峰のこと。
【さうの岩屋】 
大峰の国見山の笙の岩屋。行尊が籠もっていたところ。

    みたけよりさうの岩屋へまゐりたりけるに、もらぬ岩屋もとありけむ折おもひ出でられて

  121  露もらぬ岩屋も袖はぬれけると聞かずばいかにあやしからまし
 
【をざさ】 山上岳にある小篠の泊のこと

    をざさのとまりと申す所に、露のしげかりければ

  121  分けきつるをざさの露にそぼちつつほしぞわづらふ墨染の袖
 
【大峰】 吉野金峰山をいう。大峰山という固有の山はなし。吉野から熊野にいたる山の総称。 
【しんせん】
 下北山村の深仙宿。

    大峯しんせんと申す所にて、月を見てよみける

  121  深き山にすみける月を見ざりせば思ひ出もなき我が身ならまし
 
  121  嶺の上も同じ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし

  121  月すめば谷にぞ雲はしづむめる嶺吹きはらふ風にしかれて
 
【をばすて】 川上村の伯母が峰。

    をばすての嶺と申す所の見渡されて、思ひなしにや、月ことに見えければ

  121  をば捨は信濃ならねどいづくにも月すむ嶺の名にこそありけれ

【こいけ】 下北山村の小池の宿。
 
    こいけ申す宿(すく)にて

  122  いかにして梢のひまをもとめえてこいけに今宵月のすむらむ

【ささ】 天川村の小篠の宿。

    さゝの宿(すく)にて

  122  いほりさす草の枕にともなひてささの露にも宿る月かな
 
【へいち】 下北山村の平地の宿。

    へいちと申す宿(すく)にて月を見けるに、梢の露の袂にかかりければ

  122  梢なる月もあはれを思ふべし光に具して露のこぼるる
 
【あずまや】 十津川村の四阿の宿。
   

    あづまやと申す所にて、時雨ののち月を見て

  122  神無月時雨はるれば東屋の峰にぞ月はむねとすみける
 
  122  かみなづき谷にぞ雲はしぐるめる月すむ嶺は秋にかはらで
 
【ふるや】 十津川村の古屋の宿。
 

    ふるやと申す宿(すく)にて

  122  神無月時雨ふるやにすむ月はくもらぬ影もたのまれぬかな
 
【平等院】 小篠の宿に平等院(園城寺塔頭の円満院の別称)の名が記された卒塔婆があった。

    平等院の名かかれたるそとばに、紅葉の散りかかりけるを見て、花より外にと
    ありけむ人ぞかしと、あはれに覺えてよみける

  123  あはれとも花みし嶺に名をとめて紅葉ぞ今日はともに散りける

【ちくさ】 下北山村の千種岳のこと。

    ちくさのたけにて

  123  分けて行く色のみならず梢さへちくさのたけは心そみけり

【ありのとわたり】 山上岳付近の修行所。

    ありのとわたりと申す所にて

  123  笹ふかみきりこすくきを朝立ちてなびきわづらふありのとわたり
 
【行者がへり】 大峰山中の行者還岳のこと。
【ちごのとまり】 稚児の泊。上北山村にある。

    行者がへりちごのとまりにつゞきたる宿(すく)なり。春の山伏は、屏風だてと
    申す所をたひらかに過ぎむことをかたく思ひて、行者ちごのとまりにても思ひ
    わづらふなるべし

  123  屏風にや心を立てて思ひけむ行者はかへりちごはとまりぬ

【三重の瀧】 熊野の三重の瀧説、大峰山中の瀧説がありますが、
         ここでは大峰山中の三重の滝と思われます。2013/09/09訂正加筆。
         
    三重の瀧をがみけるに、ことに尊く覺えて、三業の罪もすすがるる心地してければ

  123  身につもることばの罪もあらはれて心すみぬるみかさねの瀧

轉法輪のたけ】 大峰山中の「平治の宿」の南にある「転法輪岳」のこと。2013/09/09訂正加筆。

    轉法輪のたけと申す所にて、釋迦の説法の座の石と申す所ををがみて

  124  此處こそは法とかれたる所よと聞くさとりをも得つる今日かな

   「三笠山・春日野・立田(川・山・姫)・葛城・秋しの・生駒・いそのかみ・いはれ野・かつまた・
    ふる野・佐保・初瀬の山・たかまの山・ひろせ川・あをね山・りゅもん・宮瀧川・吉野・
    みや川・ふたかみ山・黒髪山」

   「御嶽・さうの岩屋・大峰・をばすて・へいち・ちくさ・をざさ・しんせん・こいけ・ささ・あづまや・
    ふるや・ありのとわたり・行者がへり・ちごのとまり・三重の瀧・転法輪のたけ・平等院」

2005年1月18日入力 。 
2005年1月20日補筆。
 吉野山のページ   ページの先頭

参考文献
        岩波=岩波文庫山家集(佐佐木信綱氏校訂
        集成=新潮日本古典集成山家集(後藤重郎氏校註)
        全書=日本古典全書山家集(伊藤嘉夫氏校註)
        注解=西行山家集全注解(渡部保氏著)
        西行=吉川弘文館(目崎徳衛氏著)