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   地名の歌 【紀伊】

【熊野】  和歌山県南東部から三重県南部にかけての地域。熊野三社が
      があり、古来、信仰を集めている。


  189   みくまのの濱ゆふ生ふる浦さびて人なみなみに年ぞかさなる
                                        (岩波・集成・全書・注解)

      熊野二首
 
  225   三熊野のむなしきことはあらじかしむしたれいたのはこぶ歩みは
                                        (岩波・集成・全書・注解)

  225   あらたなる熊野詣のしるしをばこほりの垢離にうべきなりけり
                                        (岩波・集成・全書・注解)

      五月会に熊野へまゐりて下向しけるに、日高に、宿にかつみを菖蒲に
      ふきたりけるを見て
 
   48   かつみふく熊野まうでのとまりをばこもくろめとやいふべかるらむ
                                       (岩波・集成・全書・注解)

      承安元年六月一日、院、熊野へ參らせ給ひけるついでに、住吉に御幸ありけり。
      修行しまはりて二日かの社に参りたりけるに、住の江あたらしくしたてたりけるを見て、
      後三條院の御幸、神も思ひ出で給ふらむと覺えてよめる

  118   絶えたりし君が御幸を待ちつけて神いかばかり嬉しかるらむ
                                       (岩波・集成・全書・注解)

      夏、熊野へまゐりけるに、岩田と申す所にすずみて、下向しける人につけて、
      京へ同行に侍りける上人のもとへ遣しける
  
  119   松がねの岩田の岸の夕すずみ君があれなとおもほゆるかな
                                       (岩波・集成・全書・注解)

      熊野へまゐりけるに、やかみの王子の花面白かりければ、社に書きつける
                                      
  119   待ちきつるやかみの櫻咲きにけりあらくおろすなみすの山風
                                       (岩波・集成・全書・注解)
  
      熊野へまゐりけるに、ななこしの嶺の月を見てよみける

  120   立ちのぼる月のあたりに雲消えて光重ぬるななこしの嶺
                                       (岩波・全書・注解)

      寂蓮、人々すすめて、百首の歌よませ侍りけるに、いなびて、熊野に詣でける
      道にて、夢に、何事も衰へゆけど、この道こそ、世の末にかはらぬものはあなれ、
      猶この歌よむべきよし、別當湛快三位、俊成に申すと見侍りて、おどろきながら
      此歌をいそぎよみ出だして、遣しける奥に、書き付け侍りける

  187  末の世もこの情のみかはらずと見し夢なくばよそに聞かまし
                                       (岩波・集成・全書・注解)   

      熊野御山にて両人を戀ふと申すことをよみけるに、人にかはりて

  243   流れてはいづれの瀬にかとまるべきなみだをわくるふた川の水
                                       (岩波・全書・注解)

      熊野に籠りたる頃正月に下向する人につけて遣しける文
      の奥に、ただ今おぼゆることを筆にまかすと書きて
  
  279   霞しく熊野がはらを見わたせば波のおとさへゆるくなりぬる
                                      (岩波・全書・注解)

      後の世のものがたり各々申しけるに、人並々にその道には
      入りながら思ふやうならぬよし申して           

  265   人まねの熊野まうでのわが身かな (靜空)
                                      (岩波・全書・注解)
                                              
  279   霞さへあはれかさぬるみ熊野の濱ゆふぐれをおもひこそやれ (寂蓮)
                                      (岩波・全書・注解)


【那智】 熊野にある地名。那智大社、那智の滝がある。

   72   雲消ゆる那智の高峯に月たけて光をぬける瀧のしら糸
                                      (岩波・集成・全書・注解)

      那智に籠りし時、花のさかりに出でける人につけて遣しける

   29   ちらでまてと都の花をおもはまし春かへるべきわが身なりせば
                                      (岩波・全書・注解)  

      奈智に籠りて、瀧に入堂し侍りけるに、此上に一二の瀧おはします。それへ
      まゐるなりと申す住僧の侍りけるに、ぐしてまゐりけり。花や咲きぬらむと尋ね
      まほしかりける折ふしにて、たよりある心地して分けまゐりたり。二の瀧のもとへ
      まゐりつきたり。如意輪の瀧となむ申すと聞きてをがみければ、まことに少しうち
      かたぶきたるやうに流れくだりて、尊くおぼえけり。花山院の御庵室の跡の侍り
      ける前に、年ふりたる櫻の木の侍りけるを見て、栖とすればとよませ給ひけむこと
      思ひ出でられて

  120   木のもとに住みけむ跡をみつるかな那智の高嶺の花を尋ねて
                                      (岩波・集成・全書・注解)
    
【吹上】 紀伊の紀ノ川口にある砂浜。歌に多く詠まれている。

  171  なみかくる吹上の濱の簾貝風もぞおろす磯にひろはむ
                                      (岩波・集成・全書・注解)

     小倉をすてて高野の麓に天野と申す山に住まれけり。おなじ院の帥の局、都の外の
     栖とひ申さではいかがとて、分けおはしたりける、ありがたくなむ。歸るさに粉河
     まゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよとありければ、ぐし申して
     粉河へまゐりたりける、かかるついでは今はあるまじきことなり、吹上みんといふこと、
     具せられたりける人々申し出でて、吹上へおはしけり。道より大雨風吹きて、興なくなり
     にけり。さりとてはとて、吹上に行きつきたりけれども、見所なきやうにて、社にこしかき
     すゑて、思ふにも似ざりけり。能因が苗代水にせきくだせとよみていひ傳へられたる
     ものをと思ひて、社にかきつけける

  136  あまくだる名を吹上の神ならば雲晴れのきて光あらはせ
                                       (岩波・集成・全書・注解) 

  136  苗代にせきくだされし天の川とむるも神の心なるべし

     かくかきたりければ、やがて西の風吹きかはりて、忽ちに雲はれて、うらうらと日なり
     にけり。末の代なれど、志いたりぬることには、しるしあらたなることを人々申しつつ、
     信おこして、吹上若の浦、おもふやうに見て歸られにけり。
                                       (岩波・集成・全書・注解)

【和歌の浦】 和歌山市南西部にある地名。万葉集から詠まれている。
 
     五條三位入道のもとへ、伊勢より濱木綿遣しけるに

  239  はまゆふに君がちとせの重なればよに絶ゆまじき和歌の浦
                                       (岩波・全書・注解) 
                    
  179  家の風吹きつたふとも和歌の浦にかひあることの葉にてこそしれ (藤原公能)
                                       (岩波・全書・注解)

  240  濱木綿にかさなる年ぞあはれなるわかの浦波よにたえずとも (尺阿)
                                       (岩波・集成・全書・注解)
 
  136  かくかきたりければ、やがて西の風吹きかはりて、忽ちに雲はれて、うらうらと
       日なりにけり。末の代なれど、志いたりぬることには、しるしあらたなることを人々
       申しつつ、信おこして、吹上若の浦、おもふやうに見て歸られにけり。
                                       (岩波・集成・全書・注解)

【しららの浜】
 紀伊、西牟婁郡にある浜。

   84  はなれたるしらゝの濱の沖の石をくだかで洗ふ月の白浪
                                       (岩波・集成・全書・注解)

  171  なみよするしららの濱のからす貝ひろひやすくもおもほゆるかな
                                       (岩波・集成・全書・注解)

   83  月かげのしららの濱のしろ貝は浪も一つに見えわたるかな (詠み人知らず)
                                       (岩波・全書)

【新宮】 紀伊熊野にある地名。

     新宮より伊勢の方へまかりけるに、みきしまに、舟のさたしける浦人の、黒き髪は
     一すぢもなかりけるを呼びよせて

  120  年へたる浦のあま人こととはむ波をかづきて幾世過ぎにき
                                       (岩波・集成・全書・注解)

【いはしろ】 磐代。紀伊の国日高郡にある地名。有馬皇子の歌にもある。

  152  いはしろの松風きけば物を思ふ人も心はむすぼほれけり
                                       (岩波・集成・全書・注解)

【千里】 磐代にある海岸。

   84  思ひとけば千里のかげも数ならずいたらぬくまも月はあらせじ
                                       (岩波・集成・全書・注解)

【いとと山】 糸鹿山。紀伊、有田郡にある山。岩波以外は「いとか山」表記。

   87  いとと山時雨に色を染めさせてかつがつ織れる錦なりけり
                                       (岩波・集成・全書・注解)

【雲鳥】 那智の北にある山。

  166  雲鳥やしこき山路はさておきてをくちるはらのさびしからぬか 
                                       (岩波・集成・全書・注解)

【くま山岳】 紀伊にあるといわれています。

  168  ふもと行く舟人いかに寒からむくま山嶽をおろすあらしに
                                       (岩波・集成・全書・注解)

【しほさきの浦】 不明。和歌山県東牟婁郡潮岬説、淡路島の塩崎説などあり。

  116  小鯛ひく網のかけ繩よりめぐりうきしわざあるしほさきの浦
                                      (岩波・集成・全書・注解)

【まくに】  不明。紀伊の国、那賀郡真国の可能性あり。

  166  杣くたすまくにがおくの河上にたつきうつべしこけさ浪よる
  

  「熊野・日高・岩田・やかみの王子・みす・ななこしの嶺・那智・吹上の濱・和歌の浦・しららの濱・
   新宮・みきしま・千里・いとと山・くま山岳・しほさきの浦・まくに」

2005年1月20日入力

参考文献
        岩波=岩波文庫山家集(佐佐木信綱氏校訂
        集成=新潮日本古典集成山家集(後藤重郎氏校註)
        全書=日本古典全書山家集(伊藤嘉夫氏校註)
        注解=西行山家集全注解(渡部保氏著)

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