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かい〜かこ かさ〜かそ かた〜かほ かみ〜かん

【かた】
1 片岡・かたをか
2 かたおもむき・かたおやぬし他
3 かたばかり・かたもなき他

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(かた)と発音する言葉については、いくつかの意味の相違する
使われ方がなされています。表音と表意の面白さや難解さという
ことを改めて思わせてもくれます。整理してみます。  

1 かた「片」
  両方あるもののうち、対をなす一方のこと。片側のこと。
  西行歌では片岡、片山、片山かげ、片便り、片おもむき、
  片そぎなどの用い方をされています。

2 かた(方)
  この(方)はいろんな意味を含んでいて、難解です。
  地勢としての方向や角度、場所や地点、特定の人物や心の
  ありようの方向を指し示す言葉として用いられています。
   
  ここでは「伊勢のかた」「加茂のかた」などのように地名に
  「かた」が接合した言葉のある歌は割愛します。

3 かた(形)
  視覚的に形象を確認でき、色彩や輪郭を伴った物体のこと。
  形あるもののこと。

4 かた(硬い・固い)
  物体における物理的な硬度の度合いを表現している言葉です。
  しっかりと合わさっていて、容易に分離できない物事に対して
  用いられます。
  人間の意志や思考に対しても柔軟性に乏しいと判断された
  場合に恣意的に用いられることがあります。

5 かた(難い)
  心理的な意味で、難しい、困難だということを表現している
  言葉です。(易しい)の対語となります。

地名に(方)が付き、「伊勢のかた」「加茂の方」という用い方をして
いる歌については割愛します。
四国の方(3回)、あづまの方(2回)伊勢の方(2回)加茂の方・
吉野の方・西の国の方・ひひしぶかわと申す方・三昧堂の方・
沖の方・海の方(それぞれ1回)です。

【片岡・かたをか】

 01番歌の「かたをか」は固有名詞です。
 京都の上賀茂神社に、「片岡山」上賀茂神社の摂社に「片岡社=
 片山御子神社」があります。

 郭公こゑ待つほどはかた岡の森のしづくに立ちや濡れまし
                  (紫式部 新古今集191番)

 02番と03番歌は名詞の「片岡・片丘」のことです。
 02・03番歌にある「かたおか」は独立した小高い丘を言います。
 片方になだらかに傾斜している丘という意味でもあるでしょう。

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01 長月の力あはせに勝ちにけりわがかたをかをつよく頼みて
         (岩波文庫山家集225P神祇歌・新潮1526番)
               
02 片岡にしばうつりして鳴くきぎす立羽おとしてたかからぬかは
           (岩波文庫山家集24P春歌・新潮34番・
               西行上人集追而加書・夫木抄)

03 山がつの片岡かけてしむる庵のさかひにたてる玉のを柳
      (岩波文庫山家集23P春歌・新潮52番・西行上人集・
  山家心中集・御裳濯河歌合・新古今集・御裳濯集・西行物語) 

○長月

旧暦九月のことです。京都の加茂社のこととわかる詞書があり
 ますから、重陽の節句の神事を指しています。

○力あはせ

 上賀茂大社の重陽の節句の相撲のことです。

○しばうつり

 しばしば位置を変えるという意味と、植物の「柴」の木を飛び
 移ることを重ねています。植物は(芝草)説もあります。
 雉は地上で草の実や昆虫を食べますから(芝草)の方が実情的だと
 思います。

○きぎす

 野鳥の雉の古称です。 

○立羽

 「立羽おとして」は「立つ羽音して」と解釈されます。飛び立つ
 羽音が高いということでしょう。

○山がつ

 山間に住んで樵などの職業をしている人々を指します。
 身分的に蔑まれていた人々でした。

○さかひにたてる

 領有していること、占有していることを知らすために境界に
 立てたということ。

○しむる庵

 「占める」のことです。占有していることを表しています。

(01番歌の解釈)

 「重陽の節句の神前相撲に勝つことができた。片岡の神が心強い
 味方について下さったので。」
                (和歌文学大系21から抜粋)
(02番歌の解釈)

 「片岡の芝草の中をしばしばあちらこちらへと所変えして鳴く
 雉子だが、飛び立ってゆく羽音とても高くないことがあろうか、
 高いことだ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(03番歌の解釈)

 「山人が片岡の野を領有するしるしに立てた小柳の枝が、玉を
 貫いた糸のように美しい。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

◇かたおもむき

 片面向き、片趣きという意味です。
 「磯のアワビの片思い」という言葉を思わせる歌です。
 「磯の・・・」の言葉が西行時代にもあったものでしょうか。
 片方に(岩の方)に顔を向けて・・・という意味になります。  

◇かたおやぬし

 この言葉は「かた=方」「お=格助詞」「や=係助詞」「ぬし=主」
 に分かれます。「かたおやぬし」という名詞ではなく、片一方が
 勝ち、つまりは花を多く散らした峯のほうが花の主というほどの
 意味です。

◇かたがた

 あっちもこっちも、ということ。どちらも、ということ。

◇かたすみもと

 不明です。片隅元でしょうか。鬼ごっこのように、人にみつから
 ないように隠れていることを思わせます。それは長じてからの
 隠遁生活をも暗示しているのかもしれません。

◇片そぎ

 片側を人工的に削いでいるということ。
 「行きあい」の言葉を導き出すための枕詞です。
 神社の建築物の屋根にある「千木」にかかる言葉のようです。
 千木は男性神の場合は外側に垂直に切り、女性神の場合は水平に
 切るとのことですが、画像がないと意味が良く飲み込めないですね。
 
◇かた便

 便りを出しても一方的であり、相手から返事がないことです。
 新潮日本古典集成山家集では「堅田=水の乾いた田」と掛け合わ
 せた言葉として解釈していますが、単純に片方からだけの便りと
 みていいと思います。

◇かたまほり

 (片祭り)のことです。祭りの還さがない祭りのことです。
 86号「帰さ」参照。
 
◇かたき

 ここでは感情的な憎悪のある対象を指す言葉ではなくて、単純に
 勝負の相手という意味です。

◇かたはら

 (傍ら)のこと。すぐ側のこと。

◇かたたがえ

 方違えのことです。72号「逢坂山」参照。

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01 岩のねにかたおもむきに波うきてあはびをかづく海人のむらぎみ
          (岩波文庫山家集116P羇旅歌・新潮1377番)
   
02 散りまさむかたをやぬしに定むべきみねをかぎれる花のむらだち
          (岩波文庫山家集235P聞書集61番・夫木抄)
      
03 かたがたにあはれなるべき此の世かなあるを思ふもなきを忍ぶも
          (岩波文庫山家集212P哀傷歌・新潮欠番・
               西行上人集・続古今集・月詣集)

04 昔せしかくれ遊びになりなばやかたすみもとによりふせりつつ
             (岩波文庫山家集248P聞書集168番)    

05 片そぎの行あはぬ間よりもる月やさして御袖の霜におくらむ
  (岩波文庫山家集76P秋歌・新潮409番・西行上人集・夫木抄)

06 山がつの荒野をしめて住みそむるかた便なる恋もするかな
      (岩波文庫山家集151恋歌・新潮655番・西行上人集)

07   斎院おはしまさぬ頃にて、祭の帰さもなかりければ、
    紫野を通るとて

  紫の色なきころの野辺なれやかたまほりにてかけぬ葵は
 (岩波文庫山家集223P神祇歌・新潮1220番・西行上人集追而加書)
            
08 今日の駒はみつのさうぶをおひてこそかたきをらちにかけて通らめ
          (岩波文庫山家集225P神祇歌・新潮1527番)
 
09   内宮のかたはらなる山陰に、庵むすびて侍りける頃

  ここも又都のたつみしかぞすむ山こそかはれ名は宇治の里
           (岩波文庫山家集125P羇旅歌・新潮欠番)
     
10   春になりける方たがへに、志賀の里へまかりける人に具して
まかりけるに、逢坂山の霞みたりけるを見て

わきて今日あふさか山の霞めるは立ちおくれたる春や越ゆらむ
            (岩波文庫山家集14P春歌・新潮9番・
                 西行上人集・山家心中集)

○かづく

 頭に被るという意味と水中に潜るという意味があります。
 この歌では海中に潜って鮑を採るということです。

○海人のむらぎみ

 ここでは鮑を採集している海人達のことを言います。

○散りまさむ

 花びらの散るのがどちらの山からの方が多いかということ。
 より多くの花びらが散り敷くかということ。

○花のむらだち 

 一群の桜の樹のこと。ひとつの峯に咲き誇っている桜の樹々の
 こと。

○住みそむる

 (住み初むる)で、住み始めて間がないことを言います。

○斎院・紫野

 (斎院・紫野)は「帰さ」86号参照。

○みつ・さうぶ・らち
 
 美豆の菖蒲。美豆は男山の少し東北に位置する地名。
 男山にある岩清水八幡宮の五月節句の日の行事に競馬があって、
 片方の馬は背に美豆産の菖蒲を付けているということ。
 菖蒲は勝負に掛けています。
 (みつ・さうぶ・らち)は「菖蒲」24号参照。

○内宮

 伊勢神宮内宮のことです。「宇治の里」56号参照。

(01番歌の解釈)

 「沖の岩の根元にすがりつくように、何人もの海人が同じ方に
 顔を向けて並んで波に浮いている。一途になって顔の向きを揃え
 ているのは鮑の片思いのようだと思ったが、果たして老練な海人
 が潜って採っていたのは鮑だった。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(02番歌の解釈)

 「より多く散る方を持ち主に定めるのがよいだろう、峰の堺を
 区切っている花の群立は。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(05番歌の解釈) 

 「片削の千木のゆきちがいの間から洩れる月が、冴えた光を神様
 の御袖におとして、霜を置いたように見えることであろうか。」
             (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(06番歌の解釈)

 「山人が荒れた野を占めて住みはじめた堅田ではないが、こちら
 からだけで、一向に返事の貰えない片便りの恋をすることだなあ。」
             (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(08番歌の解釈)

 「今日五月五日の岩清水の競馬に出場する馬は、美豆野の菖蒲を
 背に負っているので、相手の馬を馬場の柵に立ち往生させる
 くらい颯爽と駆け抜けて、勝利した。」
                (和歌文学大系21から抜粋)           
    
◇かたばかり(01番歌)

 形ばかりに。ほんの少し・・・という状態を言います。

◇かたなく・かたもなく(03、04、05番歌)

 寄りかかるための存在、その相手が失われていること。
 自分の心境、気持ということと、方法、方途ということをも重ね
 合わせています。

◇かたもなし・かたもなかり(02、06、07番歌)

 一つの形として確かに存在していたものが消滅してしまって、
 跡形もなくなったという意味になります。

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01 かたばかりつぼむと花を思ふよりそらまた心ものになるらむ
         (岩波文庫山家集32P春歌・新潮145番・
              西行上人集・月詣集・夫木抄)

02 まつ山の波のけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり
         (岩波文庫山家集111P羇旅歌・新潮1354番)
  
03 しほなれし苫屋もあれてうき波に寄るかたもなきあまと知らずや
  (堀川局歌)    (岩波文庫山家集178P雑歌・新潮744番・
             西行上人集・山家心中集・西行物語)

04 いかにぞやいひやりたりしかたもなく物を思ひて過ぐる頃かな
         (岩波文庫山家集160P恋歌・新潮1301番)
      
05 水茎のかき流すべきかたぞなき心のうちは汲みて知らなむ
 (讃岐の院の女房歌)(岩波文庫山家集184P雑歌・新潮1136番)
      
06 津の国のながらの橋のかたもなし名はとどまりてきこえわたれど
         (岩波文庫山家集197P雑歌・新潮欠番・
                西行上人集・山家心中集)

07  讃岐にまうでて、松山と申す所に、院おはしましけむ御跡
   尋ねけれども、かたもなかりければ

  松山の波に流れてこし舟のやがてむなしくなりにけるかな
         (岩波文庫山家集110P羇旅歌・新潮1353番・
      西行上人集・山家心中集・宮河歌合・西行物語)

○そらまた

 新潮版では(そそまた)となっております。類題本では(そらまた)
 となっていますので、どちらでも良いのでしょう。
 歌では清輔に(そそまた)の用例があります。
 (そそ)はそれぞれの意の感動詞とのことです。

○心ものに

 自分の心が桜に取り付かれたはてに一個の超自然的な存在になる
 ことを表しているとみられます。桜の精に乗っ取られて自分でも
 制御できない心のありようを言っていると思います。
 
○かたなく君は

 確かにいたというそのことがわからないほどに、跡形もなくなって
 しまったということ。

○しほなれし

 潮気が染み込んでいること。涙を暗示させます。
 
○苫屋

 苫(スゲやカヤなどを編んだもの)で葺いただけの非常に粗末な
 住家のこと。

○水茎

 「筆や筆跡」のことです。
 「水茎」という言葉が、なぜ筆や筆跡を表す言葉として使われ
 だしたか、それはどんな理由からなのかは不明のようです。
 万葉集では「水にひたる城」という意味で使われていました。
 「筆あるいは筆跡」を表す言葉としては平安時代から使われだした
 ようです。
 
○津の国

 摂津の国のこと。淀川の西側一帯、現在の大阪府北部と兵庫県
 東南部にあたります。

○ながらの橋

 現在の大阪市北区と東淀川区を結んでいる淀川に架かる橋。
 古来、歌枕であまりにも有名な「ながらの橋」も現在の橋のある
 付近に架けられていたものでしょう。

 難波なる長柄の橋もつくるなり 今は我が身をなににたとへん
                  (伊勢 古今集1051番)

○院おはしましけむ御跡

 保元の乱で敗北して讃岐に流された崇徳院の行宮を指します。

○こし舟

 来し舟。松山に来るときに乗った舟のこと。

(01番歌の解釈)

 「ほんの形ばかり花がつぼみ始めた、と思ったその瞬間から、
 そうらまた始まった。私の心に何かが取り付いたようだ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(02番歌の解釈)

 「松山の波の景色は院御在世中と少しも変わらないのに、院は
 あとかたもなくおなりになってしまった、その御跡までも。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(03番歌の解釈) 

 この歌は堀川の局の歌とは明記されていませんが、西行上人集
 などによって堀川の局の歌とわかります。西行との贈答歌です。

 「住み馴れた苫屋も荒れはててしまい、憂き波に寄るべもなく
 漂う海女のように、心憂く住む尼とは御存じありませんか。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(05番歌の解釈)

 「何と書いたらよいのかわかりません。この悲しみをお伝えでき
 ない私の心中をお察しください。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(06番歌の解釈)

 「摂津の国の長柄には橋の跡形もない。長柄の橋というその名は
 留まって昔から聞き続けているけれども。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(堀川の局と兵衛の局と西行)

堀川の局と兵衛の局は姉妹ですからここでは二人について触れます。
二人ともに生没年不詳です。村上源氏の流れをくむ神祇伯、源顕仲
の娘といわれています。姉が堀河、妹が兵衛です。二人の年齢差は
不明ですが、ともに待賢門院璋子(鳥羽天皇皇后)に仕えました。
堀川はそれ以前に、白河天皇の令子内親王に仕えて、前斎院六条と
称していました。
1145年に待賢門院が死亡すると、堀川は落飾出家、一年間の喪に服
したあとに、仁和寺などで過ごしていた事が山家集からも分かります。
03番歌にあるように西山桂川近辺でも過ごしたことがあるのでしょう。
兵衛は待賢門院のあとに上西門院に仕えました。1160年、上西門院
の落飾に伴い出家したという説があります。それから20年以上は生存
していたと考えられています。
上西門院は1189年の死亡ですが、兵衛はそれより数年早く亡くなった
ようです。
 
窪田章一郎氏は「西行の研究」の中で兵衛は80歳は超えていたので
はないかと推定しています。ちなみに、川田順氏「西行研究録」
では、西行と堀川の局の年齢差は約20歳としています。「西行の
研究」の中の森本元子氏説では西行と堀川は39歳の差があります。
それから勘案して兵衛は西行より年長であることは確実です。
いずれにしても西行の生まれた1118年には兵衛の局は14.5歳だった
はずです。1124年の白河での花見に兵衛も同行していますので、
それまでには待賢門院の女房となったものでしょう。
二人ともに歌には秀でていて、西行とはとても親しかった女性歌人
であったといえます。
              
    (この項は目崎徳衛氏著「西行の思想史的研究」
    窪田章一郎氏著「西行の研究」を参考にしています。)

 【かため・かたく・かたき】

 硬度が強いこと。しっかりと合わさっていること。
 状況や形が変化しないものについていう言葉。
 難しいこと。困難なこと。

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01 苔うづむゆるがぬ岩の深き根は君が千年をかためたるべし
      (岩波文庫山家集142P賀歌・新潮1172番・夫木抄)
     
02 みもすその岸の岩根によをこめてかためたてたる宮柱かな
         (岩波文庫山家集225P神祇歌・新潮1532番)

03 世の中をいとふまでこそかたからめかりのやどりを惜しむ君かな
         (岩波文庫山家集107P羇旅歌・新潮752番・
             西行上人集・新古今集・西行物語)

04 この法のこころは杣の斧なれやかたきさとりのふしわられけり
         (岩波文庫山家集231P聞書集31番)
           
05 いかにせんこむよのあまとなる程にみるめかたくて過ぐる恨を
         (岩波文庫山家集155P恋歌・新潮708番)

06   行者がへり、ちごのとまりにつづきたる宿(すく)なり。
    春の山伏は、屏風だてと申す所をたひらかに過ぎむことを
    かたく思ひて、行者ちごのとまりにても思ひわづらふなる
    べし

  屏風にや心を立てて思ひけむ行者はかへりちごはとまりぬ
         (岩波文庫山家集123P羇旅歌・新潮1117番・
             西行上人集追而加書・西行物語)

07   さて扉ひらくはざまより、けはしきほのほあらく出でて、
    罪人の身にあたる音のおびただしさ、申しあらはすべく
    もなし。炎にまくられて、罪人地獄へ入りぬ。扉たてて
    つよく固めつ。獄卒うちうなだれて帰るけしき、あらき
    みめには似ずあはれなり。悲しきかなや、いつ出づべし
    ともなくて苦をうけむことは。ただ、地獄菩薩をたのみ
    たてまつるべきなり。その御あはれみのみこそ、暁ごと
    にほむらの中にわけ入りて、悲しみをばとぶらうたまふ
    なれ。地獄菩薩とは地藏の御名なり

  ほのほわけてとふあはれみの嬉しさをおもひしらるる心ともがな
             (岩波文庫山家集254P聞書集220番)

08 山くづす其力ねはかたくとも心だくみを添へこそはせめ
 (観音寺入道生光歌)(岩波文庫山家集215P釈教歌・新潮859番)

09 この道のさとり難きを思ふにもはちすひらけばまづたづねみよ
(藤原俊成歌)(岩波文庫山家集281P補遺・長秋詠草・御裳濯河歌合)

10   帰りなむとて朝のことにて程もありしに、今は歌と申す
    ことは思ひたちたれど、これに仕るべかりけれとてよみ
    たりしかば、ただにすぎ難くて和し侍りし  慈鎮

  ほのぼのと近江のうみをこぐ舟のあとなきかたにゆく心かな
(慈鎮僧正歌)(岩波文庫山家集278P補遺・異本拾玉集)

○君が千年

 (君)が特定の誰かを指しているとは思えません。
 賀歌という性質上、皇室を寿ぐという体裁を整えただけの歌なの
 だと思います。
 深く根をおろした岩のように、君の治世はゆるぐことなく、長く
 続きますようにというほどの意味です。

○みもすそ

 御裳濯河のこと。伊勢市にあり、五十鈴川とも言います。

○杣の斧

 (そまのおの)。(そま)とは材木を伐採するための山です。
 杣人、杣道、杣山という使い方をされます。

○こむよのあま

 来む世で、来世には海人となるということ。

○みるめ

 海草の「海松布ーみるめ」と「見る目」を掛けています。
 見た目が良くないということではなくて、再会するために時間が
 かかり、早く逢うのは難しいという意味です。

○行者がへり、ちごのとまり

 大峯山中にある靡(なびき)名です。
 熊野側から数えて「行者還り」は天川村にあり58番、「稚児の
 泊り」は上北山村にあり60番です。

○たひらかに過ぎむ

 危険な行道を何事もなく無事に行き過ぎて欲しいという願望。

○心だくみ

 気持の上での計算のこと。ここでは一つの行動に賛同し、それを
 促し励ましする気持のこと。

○はちすひらけば

 御裳濯河歌合に加判した藤原俊成が歌合の奥に書きつけた歌の
 フレーズの一つ。
 よく理解できないフレーズです。通常は「蓮の花が咲いたら」
 ということであり、「悟りを得られたら・・・」ということに
 つながりますが、それならなぜ「まづたづねみよ」と続くのか、
 不思議な思いがあります。

○思ひたちたれど

 「思いを断ったけれど」ということ。歌を詠むことを自分の意思
 として断念しているということ。

○あとなきかた

 朝日を浴びて、一艘の小船が過ぎて行く。航跡もやがては消えて
 いく静かな湖面。そこに人の一生という人生行路を暗示させ、
 そして、澄明な静謐、心の平安というものについてまで想起させ
 ている示唆に富むフレーズです。
                  (西行辞典71号から転載)

(03番歌の解釈)

 「俗世を穢土と厭離して、現世の執着を捨て去ることはさすがに
 遊女のあなたには難しいでしょうが、一時の雨宿りを恵むこと
 までもあなたは惜しむのですか。ちょっと宿を貸して下さい。」
                (和歌文学大系21から抜粋)
               
(04番歌の解釈)

 「無量義経の心はたとえば杣山の斧だろうか。難解な法華経の
 真実、その堅い節が砕き割られるよ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(05番歌の解釈)

 「どうしょう。来世は海人に生れ変るとしてそれまでの間、逢う
 ことがむずかしくて過ぎる恨みを。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(07番歌の解釈)

 「暁ごとに地獄の炎を分けて罪人を見舞う地蔵菩薩の憐れみの
 嬉しさを、おのずと思い知られる心であったらなあ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(10番歌の解釈)

 「ほのぼのとした夜明け方、近江の湖を漕ぐ舟のあとが残らない
 ところ、そこにひかれゆくわが心よ。(無常にひかれゆく心の
 意か。)」
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

(観音寺入道生光)

 藤原定信のこと。官職は宮内大輔。世尊寺定信ともいう。
 藤原行成の子孫。能書家で著名。彼の書いたものが現在も何点か
 残っています。
 定信入道は1088年生まれですので、西行とはちょうど30歳違います。
 藤原定信は待賢門院中納言の局と兄弟といいますので、西行とは
 早くから面識があったことも想像できます。
 尚、観音寺とはどこの観音寺か諸説あったようですが、京都市
 東山区の「今熊野観音寺」で間違いないものと思います。

(藤原俊成)

 藤原道長六男長家流、御子左家の人。定家の父。俊成女の祖父。
 三河守、加賀守、左京太夫などを歴任後1167年、正三位、1172年、
 皇太后宮太夫。
 五条京極に邸宅があったので五條三位と呼ばれました。五条京極
 とは現在の松原通り室町付近です。現在の五条通りは豊臣時代に
 造られた道です。
 1176年9月、病気のため出家。法名「阿覚」「釈阿」など。
 1183年2月、後白河院の命により千載集の撰進作業を進め、一応
 の完成をみたのが1187年9月、最終的には翌年の完成になります。
 千載集に西行歌は十八首入集しています。
 1204年91歳で没。90歳の賀では後鳥羽院からもらった袈裟に、
 建礼門院右京太夫の局が紫の糸で歌を縫いつけて贈っています。
 そのことは「建礼門院右京太夫集」に記述されています。
 西行とは出家前の佐藤義清の時代に、藤原為忠の常盤グループの
 歌会を通じて知り合ったと考えてよく、以後、生涯を通じての
 親交があったといえるでしょう。

(慈円)

 慈鎭和尚とは、慈円(1155〜1225)の死亡後に追贈された謚号です。
 西行と知り合った頃の慈円は20歳代の前半と見られていますので、
 まだ慈円とは名乗っていないと思いますが、ここでは慈円と記述
 します。
 慈円は、摂政関白藤原忠道を父として生まれました。藤原基房、
 兼実などは兄にあたります。11歳で僧籍に入り、覚快法親王に師事
 して道快と名乗ります。
 (覚快法親王が1181年11月に死亡して以後は慈円と名乗ります。)
 比叡山での慈円は、相應和尚の建立した無動寺大乗院で修行を
 積んだということが山家集からもわかります。
 
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01  奈良の僧、とがのことによりて、あまた陸奧国へ遣はされ
   しに、中尊寺と申す所にまかりあひて、都の物語すれば、
   涙ながす、いとあはれなり。かかることは、かたきこと
   なり、命あらば物がたりにもせむと申して、遠国述懐と
   申すことをよみ侍りしに

  涙をば衣川にぞ流しつるふるき都をおもひ出でつつ
         (岩波文庫山家集131P羇旅歌・新潮欠番・
                 西行上人集・山家心中集)

「註」
この歌にも「かたき」というフレーズがあります。しかし詞書の
性質から考えて「かたき」ではなく「ありがたき」でなくてはなら
ないでしょう。よってこれは岩波文庫山家集にたくさんある記述
ミスの一つといえます。
和歌文学大系21では「有がたき」となっています。

○奈良の僧、とがのこと

 奈良の僧侶15名が悪僧として陸奥の国に配流となったのは1142年
 のことのようです。西行26歳の年に当たります。
 これにより「涙をば・・・」歌は初度の陸奥の旅の時の歌とする
 説が殆どです。
 「西行の研究」の窪田章一郎氏は詞書から受ける印象や山家集に
 なくて西行上人集に採録されていることを挙げられて、再度の
 陸奥の旅の時の歌であると推定されています。
 
○衣川

 陸奥の国の歌枕。(衣)を掛けて詠われます。
 平泉の中尊寺の北側を流れていて、北上川に合流します。

○ふるき都

 奈良の都のこと。平城京のこと。

(01番歌の解釈)

 「故郷なつかしさの涙を衣川、そして衣の袖に流したよ。古い
 奈良の都を思い出しながら。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

【かたぶく】

 傾くこと。ある方向に向くようになること。
 太陽や月が沈みかけること。

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01 郭公月のかたぶく山の端に出でつるこゑのかへりいるかな
          (岩波文庫山家集46P夏歌・新潮1472番)
           
02 ふけにける我が身の影を思ふ間にはるかに月のかたぶきにける
  (岩波文庫山家集84P秋歌、239P聞書集98番・西行上人集・
       御裳濯河歌合・新古今集・御裳濯集・西行物語)

03 月影のかたぶく山を眺めつつ惜しむしるしや有明の空
         (岩波文庫山家集80P秋歌・新潮354番)

04 いとどいかに西にかたぶく月影を常よりもけに君したふらむ
          (岩波文庫山家集174P雑歌・新潮853番)
                   
05  奈智に籠りて、瀧に入堂し侍りけるに、此上に一二の瀧
   おはします。それへまゐるなりと申す住僧の侍りけるに、
   ぐしてまゐりけり。花や咲きぬらむと尋ねまほしかりける
   折ふしにて、たよりある心地して分けまゐりたり。二の瀧の
   もとへまゐりつきたり。如意輪の瀧となむ申すと聞きて
   をがみければ、まことに少しうちかたぶきたるやうに流れ
   くだりて、尊くおぼえけり。花山院の御庵室の跡の侍り
   ける前に、年ふりたる櫻の木の侍りけるを見て、栖とすれ
   ばとよませ給ひけむこと思ひ出でられて

  木のもとに住みけむ跡をみつるかな那智の高嶺の花を尋ねて
         (岩波文庫山家集120P羇旅歌・新潮852番・
           西行上人集追而加書・風雅集・夫木抄)

○常よりもけに

 (けに)は(異に)文字を当てています。いつもと違って、特別に、
 格別に、という意味です。
 月の頃に天王寺に籠もっていた西住法師に当てた歌です。

○奈智

 紀伊の国の歌枕。和歌山県南東部の那智勝浦町にあります。
 奈智は那智と記述します。
 那智権現(熊野那智大社)、青岸渡寺(如意輪堂)、那智の滝
 などがあります。滝は落差133メートル、滝そのものがご神体と
 して崇められています。

○二の滝・如意輪の滝

 那智の滝(一の滝)の上流にある滝の一つ。落差は20メートル程。
 二の滝と言われます。二の滝の上流に三の滝があります。

○花山院

 968年〜1008年まで在世。41歳没。第65代天皇。冷泉天皇の長子と
 して生後10ヶ月(2歳)で立太子、17歳で即位していますが、わず
 か二年間の在位で19歳の時に退位、出家しました。
 藤原兼家の姦計にころっと騙されてしまったというのが真相です。
 出家した花山院は熊野をはじめ諸国を回り、衰退していた観音
 霊場の中興の祖とも言われています。
 冷泉天皇の血を引き継いだのか偏執狂的な一面があったことも
 知られています。

○栖とすればとよませ

 「木の本をすみかとすればおのづから花みる人に成るぬべきかな」
                  (花山院 詞華集272番)

 上の花山院の歌のことです。
 花山院はこの歌で出家者であるのに花に執着する俗っぽさを
 言っています。そういう意味では西行の桜に対しての感覚とは
 随分と隔たりがあると言えるでしょう。

(02番歌の解釈)

 「年老いてしまった我が身の姿を思っているうちに、はるかに
 月が傾いてしまったよ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)
(04番歌の解釈)

 「西方浄土に真直ぐに相対する天王寺で月を仰ぎ、常にもまして、
 どんな心境ですか。西を指して傾く月を、いつもよりももっと
 あなたはお慕いのことでしょう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(05番歌の解釈)

 「花山院が那智の滝に千日籠もって修行をなさったという庵室の
 跡を偶然にも見ることとなった。那智の山に咲く桜を見ようと
 思って入山したら、その桜は花山院が「花見る人」になったと
 いう草庵に咲いていたのである。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

 【かたみ・籠・かたみ】

(かたみ「形身」)

 死別や離別した人を思い出すための物品や思い出のこと。

(籠「かたみ」)

 竹で編んだ籠のこと。

(かたみ「互」)

 片身の意味。それぞれ、各自が・・・ということ。
 一つのことを二つに分かつということが原義のようですが、歌の
 「かたみ」についてはよく理解できません。

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01 いにしへのかたみになると聞くからにいとど露けき墨染の袖
         (岩波文庫山家集207P哀傷歌・新潮812番)

02 萠えいづる峯のさ蕨なき人のかたみにつみてみるもはかなし
          (岩波文庫山家集282P補遺・夫木抄)
                      
03 亡き跡のおもきかたみにわかちおきし名残のすゑを又つたへけり
           (岩波文庫山家集257P聞書集230番)
            
04 いにしへのかたみにならば秋の月さし入るかげを宿にとどめよ
           (岩波文庫山家集247P聞書集159番)
                
05 見しままにすがたも影もかはらねば月ぞ都のかたみなりける
         (岩波文庫山家集107P羇旅歌・新潮412番・
                西行上人集・山家心中集)

06 暮れ果つる秋のかたみにしばし見む紅葉散らすなこがらしの風
           (岩波文庫山家集89P秋歌・新潮488番)
           
07 古へのかたみに月ぞなれとなるさらでのことはあるはあるかは
     (岩波文庫山家集83P秋歌・新潮欠番・西行上人集)

08 月のみやうはの空なるかたみにて思ひも出でば心通はむ
          (岩波文庫山家集76P秋歌・新潮727番・
      西行上人集・山家心中集・新古今集・西行物語)
        
09 なき人のかたみにたてし寺に入りて跡ありけりと見て帰りぬる
    (岩波文庫山家集186P雑歌・新潮欠番・西行上人集)

10 その日より落つる涙をかたみにて思ひ忘るる時の間ぞなき
         (岩波文庫山家集182P雑歌・新潮1234番)

    みちのくににまかりたりけるに、野中に、常よりもとおぼ
    しき塚の見えけるを、人に問ひければ、中将の御墓と申す
    はこれが事なりと申しければ、中将とは誰がことぞと又
    問ひければ、実方の御ことなりと申しける、いと悲しかり
    けり。さらぬだにものあはれにおぼえけるに、霜がれの薄
    ほのぼの見え渡りて、後にかたらむも、詞なきやうにおぼえて

11 朽ちもせぬ其名ばかりをとどめ置きて枯野の薄かたみにぞ見る
         (岩波文庫山家集129P羇旅歌・新潮800番・
       西行上人集・山家心中集・新古今集・西行物語)

12 たぐひなき昔の人のかたみには君をのみこそたのみましけれ
 (藤原成通遺族歌)(岩波文庫山家集207P哀傷歌・新潮811番)
            
13 いるさにはひろふかたみも残りけり帰る山路の友は涙か
   (釈然法師歌)(岩波文庫山家集206P哀傷歌・新潮807番・
             西行上人集・山家心中集・寂然集)

14 君がいなんかたみにすべき櫻さへ名残あらせず風さそふなり
   (六角局歌)(岩波文庫山家集106P離別歌・新潮1144番)
           
○いにしへのかたみ

 過ごしてきた過去の思い出などを言います。二度と帰ることの
 できない往時の大切な出来事などのこと。
          
○さ蕨

 芽を出したばかりの蕨のこと。「さ」は接頭語。

○おもきかたみ

 仏舎利という、とても貴重な形見。重量としての重さではなくて、
 非常に大切な遺品ということ。

○わかちおきし

 釈迦の遺骨を分骨させて保管していたということ。

○名残のすゑ

 釈迦の遺骨のこと。それを引き継ぎ引き継がれして西行の手元に
 あるまでの歴史のこと。

○又つたへけり

 相伝のものとして西行もまた誰かに伝える意思があったもので
 しょう。しかし、兵衛から伝えられた仏舎利がどのようになった
 のか皆目わかりません。

○月のみや

 (月の宮)ではなくて(月ーのみーや)のことです。
 (月だけが)という意味となります。

○うはの空なる

 上空のこと。上空にある月のみが形見であるとも取れますが、
 浮ついた頃の気持というふうにも解釈できます。
 それゆえに山家集では出家関連歌郡の中にあるのでしょう。

○出でば

 (出れば)ということ。
 この歌の詞書に「遥かなる所に籠もりて・・・」とあり、遥か
 なる所とは(出でば)から、出羽の国との解釈もあります。

○かたみにたてし寺

 藤原実能が立てた「徳大寺」のこと。

○跡ありけり

 徳大寺実能の別荘である徳大寺は1156年に放火され焼亡しました。
 「堂の跡改められたり・・・」という記述によって、西行が立ち
 寄った頃には焼け跡も幾分か整備されていたものと思われます。

○中将の御墓

 藤原実方の墓のこと。宮城県名取市愛島にあります。西行の11番
 の歌碑も立っていますが判読できません。

○朽ちもせぬ

 藤原実方の歌の名声は不朽のものであり、歌人としての名前は
 いつまでも忘れられないものであるということ。

○枯野の薄

 現在も藤原実方のお墓に行く前に薄が植えられています。
 いかにもとって付けたようで笑ってしまいました。
 あろうことか、外国産の薄のようです。

○いるさには

 入る時。入り際。ここでは高野山への入山の時を言います。

(02番歌の解釈)

 「萌え出し(芽を出して)ている峯のわらびを亡き人の形見に
 つんでみるのもはかないことだ。」
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

 この歌は源氏物語「早蕨」の巻にある次の歌を本歌としています。

 「この春はたれにか見せむ亡き人のかたみにつめる峯の早蕨」

(03番歌の解釈)

「仏が亡くなった後の貴重な形見に分けておいた遺骨の行く末を、
 また改めて私に伝えたよ。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

(04番歌の解釈)

 「過ぎ去った時の形見になるものならば、秋の月よ、さし入る
 光をかつて住んだ家に変わらずに留めてくれよ。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

(09番歌の解釈)

 「空にかかる月だけが、うかれ出てしまった自分の形見であり、
 あなたがその月を見て自分のことを思い出してくれるならば、
 月を仲立ちとして二人の心は通うことだろう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(10番歌の解釈)

 「上皇様が讃岐へお移りになりました日から、こぼれる涙を
 よすがとして、一時もお忘れ申し上げる折とてございません。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)
           
(12番歌の解釈) 

 「高野に入山された時には、拾った骨が友の形見に悲しいながら
 も残っていましたが、納骨した帰りの山路には、もう友はいない
 という悲しみの涙しかなかったのでしょうね。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(13番歌の解釈)

 「あなたが遠い修行の旅に出られたら、あなたの形見にしたいと
 思っている桜の花までも、名残を留めることなく風が誘って散ら
 してしまうことです。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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(03番歌について)

 この歌には以下のような詞書があります。

 「仏舎利おはします。我先立たば迎え奉れと契られけり」

 西行にとって兵衛は最も親しい女性歌人でしたし、その死後の
 仏事を託されてもいました。重要な遺産である仏舎利をも兵衛は
 西行に委ねていたことがわかります。
 この仏舎利は一説には待賢門院から兵衛に渡り、兵衛から西行
 にと伝えられたものだそうです。
 しかしその後、この仏舎利がどうなったのか聞きません。西行
 死後にでも、どこかの舎利殿にでも納められているといいのです
 が、どの資料にも触れられていないようですので、行方不明なの
 でしょう。
 
(六角局)

 此春は君に別のをしきかな花のゆくへは思ひわすれて

 という歌に対して、上西門院統子内親王の女房である六角局が
 返した歌です。
 六角局については手持ちの資料に記述がなく、出自を含めて一切
 不明です。

【籠「かたみ」】

01 春雨のふる野の若菜おひぬらしぬれぬれ摘まん籠手ぬきれ
           (岩波文庫山家集17P春歌・新潮20番・
                西行上人集・山家心中集)

02 澤もとけずつめど籠にとどまらでめにもたまらぬゑぐの草ぐき
          (岩波文庫山家集18P春歌・新潮1434番)

○ふる野

 雨の降る野原ということと、大和の布留野を掛けています。

○おひぬらし

 生えてきたららしい、という推量の言葉。

○手ぬきれ

 「たぬきれ」と読みますが、分りにくい言葉です。
 「手貫入」と表記すれば分りやすく、新潮版でも和歌文学大系21
 でもそのように解釈しています。
 「籠の中に手を差し入れること」の意味のようです。
 
○めにもたまらぬ

 籠の目を塞いで籠の中に留まっているのではなく、籠の目から
 抜け落ちて、かつ、抜け落ちたことさえ自分の眼でわからない
 ほどのこと、ということでありセリの芽の小ささを強調して
 います。 

○えぐ

 (ゑぐ)は芹の古名。または(黒慈姑=くろくわい)の古名とも
 いいます。黒クワイは春先に新芽が出ないそうですので、和歌
 文学大系21では「えぐ=芹」としています。
 
「黒慈姑」
 カヤツリグサ科の多年草。水中に生じ高さ数十センチ。塊茎は
 クワイに似、黒紫色。まれに食用とする。

「慈姑」
 オモダカ科の多年草。中国原産。秋、長い花茎を出し、白い三弁
 の花を輪状に綴る。水田に栽培し、地下の球茎は食用。
                (64号・68号既出)

(01番歌の解釈)

 「春雨の降る布留野に若々しい若芽が生えてきたらしい。濡れ
 ながら摘もう。袖ならぬ籠に手を差し入れて。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

(02番歌の解釈)
 「沢の氷も解けない頃の、まだ小さくて、摘んでも籠の目にも
 とまらずこぼれ落ち、人目につくこともない黒くわいの若芽よ。」
             (新潮日本古典集成山家集から抜粋)
          
【かたみ「互」】

01 くろがねのつめのつるぎのはやきもてかたみに身をもほふるかなしさ
           (岩波文庫山家集251P聞書集203番)

○くろがね

 鉄のこと。

○つめのつるぎ

 地獄に落ちた罪人を害するために、爪が鉄の剣になっているという
 こと。仏教思想の「地獄観」の一つです。
 こういうのは個人的には仏教の最大の弱点と思います。

○ほふる
 
 屠ること。身体を切り裂き命を奪うこと。

(01番歌の解釈)

「手に生えた剣のような鉄の爪の、鋭く素早い動きで、互いに身を
 つかみ裂く悲しさよ。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

【片山かげ】

 片山とはぽつんと立っている山との事ですから単独峰でしょう。
 その山の陰を「片山かげ」と言っています。

【片やまばた】

 「片山」の端のこと。山の周縁部のこと。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

01 ひとりすむ片山かげの友なれや嵐にはるる冬の夜の月
         (岩波文庫山家集101P冬歌・新潮558番・
                西行上人集・山家心中集)

02 老いゆけば末なき身こそ悲しけれ片やまばたの松の風折れ
           (岩波文庫山家集283P補遺・夫木抄)

○松の風折れ

 松の枝が強風で折れてしまっていること。その状態。

(01番歌の解釈)

 「嵐にすっかり雲が吹き払われ、晴れわたった冬の山里の景色は、
 独り片山かげに住むわが身の友であるよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

 新潮版では「冬の夜の月」が「冬の山里」になっています。

(02番歌の解釈)

 「年を取ってしまったので、末のない身はほんとに悲しいことだ。
 山の片っ方に生えている千年の齢まで栄える松も老木となって、
 無残にも風に折れてしまっている。」
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

 ◆ ・・・かた ◆

(・・・かた)は多くあります。その全てを紹介する必要もない
ものと思いますから、任意で数首の紹介に留めます。
数字のみは新潮版の歌番号、P付きは岩波版のページ数です。

○たとへむ方(1362 784詞)○やさしき方(40)○せんかた(533詞) 

○大方(279・294・568・1478・1371詞)○ひとかた(603・83P)

○ひさかた(1481・聞74)○初つかた・果つかた(792詞・493詞)

○あとかた(1516・278P)○むなかた(1008)○よく方(1332)

○過ぎにしかた・過ぎけるかた(719・867・1093)○見ぬかた(33P) 

○行きにしかた・行くかた(777・1083)○うたかた(817・1290)

○きしかた(761)○深きかた(837)○慰むかた(832)

○誰がかた(263P)○まぎれしかた(1508)○汐ひる方(552)  
  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

尚、97号に紹介した固有名詞の(地名プラス方)に「ふけゐの方」
と「いぬゐの方」を加えた上で再度記述します。

四国の方(1095、1097、1373)・あづまの方(1046、128P詞、128P詞)・

伊勢の方(728、1397)・賀茂の方(609)・吉野の方(1070)・西の国

の方(1103)・ひひしぶかはと申す方(1373)・三昧堂の方(186P詞)・

沖の方(1388)・海の方(1356)・ふけゐの方(243P)・いぬゐの方

(253P詞)です。

方でも(ほう)と読む文字は取り上げません。例、四方。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

01 大方の野邊の露にはしをるれど我が涙なきをみなへしかな
     (岩波文庫山家集60P秋歌・新潮279番・夫木抄)
     
02 うきことも思ひとほさじおしかへし月のすみける久方の空
         (岩波文庫山家集85P秋歌・新潮1481番)

03 一方にみだるともなきわが恋や風さだまらぬ野邊の苅萱
         (岩波文庫山家集147P恋歌・新潮603番) 

04 流れゆく水に玉なすうたかたのあはれあだなる此世なりけり
         (岩波文庫山家集208P哀傷歌・新潮817番・
              西行上人集追而加書・玉葉集)

05 思ひ出づる過ぎにしかたをはづかしみあるにものうきこの世なりけり
          (岩波文庫山家集192P雑歌・新潮719番)

06 さらぬこともあと方なきをわきてなど露をあだにもいひも置きけむ
         (岩波文庫山家集213P哀傷歌・新潮1516番)

07 花とみる梢の雪に月さえてたとへむ方もなき心地する
         (岩波文庫山家集112P羇旅歌・新潮1362番)    

08 捨てて後はまぎれしかたは覚えぬを心のみをば世にあらせける
          (岩波文庫山家集191P雑歌・新潮1508番)

09 はかなくて行きにし方を思ふにも今もさこそは朝がほの露
         (岩波文庫山家集212P哀傷歌・新潮777番)

10 里人の大ぬさ小ぬさ立てなめてむなかた結ぶ野邊になりけり
         (岩波文庫山家集222P神祇歌・新潮1008番・
             西行上人集・山家心中集・夫木抄)

○大方

 全体の中での大部分ということ。大多数ということ。
 大体は、一般的には、と同義で用いられます。

○我が涙

 自分の涙のこと。女郎花自体が自分の感情ゆえの涙を流さない
 ということ。

○思ひとほさじ

 思ったことを頑固に押し通すことはない、ということ。

○おしかへし

 押し返すこと。自己の方にかかる力に対して、戻すために力を
 加えるということ。逆に、反対に・・・の意味です。

○久方の空

 空、月、雲、天、雨などにかかる枕詞。
 人と人が、しばらく逢っていなかった場合の(久しぶり)を表す
 (久方ぶり)とは意味合いが違います。

○一方

 限定された一つの方向、方面のこと。
 ここでは恋する者の、あれこれと思って乱れる恋心を言います。

○刈萱

 イネ科の植物です。メガルカヤ、オガルカヤ、メリケンカルカヤが
 あります。

○うたかた

 水に浮かぶ泡のこと。
 消えやすく、はかない物事の例えとして使われます。

○あと方なき

 (あと方)は確かに存在していた跡のこと。形跡のこと。
 (なき)で、それもやがてはなくなってしまうということ。

○たとへむ方

 例えようもないこと。例えるべき方法がないこと。

○捨てて後

 俗世を離れて出家してから後は・・・ということ。

○まぎれしかた

 他のものと混ざり合って、元の形がわかりにくくなること。
 出家前の生活とを対比させた上での言葉です。
        
○行きにし方

 新潮版では「過ぎにし方」と表記。
 過去のこと。来し方。たどってきた人生のこと。

○朝がほの露

 朝顔の花にある朝露のこと。朝顔も露も共に人生の短さ、
 はかなさの例えとして用いられている言葉です。
   
 現在の朝顔は平安時代に中国から渡来したものと言われます。
 平安末期の歌人である西行の朝顔歌は現在の朝顔を詠んだもの
 と考えて差し支えないと思います。それ以前の、たとえば万葉集
 などにある朝顔はキキョウとかムクゲのことだと言われています。

○大ぬさ小ぬさ

 里人の作った様々な大きさの御幣ということ。
 「ぬさ=幣」とは、神社でお祓いなどに用いるために紙や布で
 作ったもの。へいはく、ごへい、みてぐらなどの呼び方があり
 ます。

○むなかた

 「むまかた=馬形」のこと。木や神で馬形のものを作って神馬の
 変わりとして神前などに奉納していました。

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(01番歌の解釈)

 「野原の露でぐっしょりと濡れていても、(私と違って)女郎花
 には自分の涙というものがない。」
               (和歌文学大系21から抜粋)
(03番歌の解釈)

 「一方にのみなびくのではなく、千々に乱れる恋心だなあ。
 それはちょうど、向きの定まらぬ風のまにまに、あちらこちらと
 なびく野辺の刈萱のようなものだろうか。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(04番歌の解釈)

 「流れて行く水に玉となって浮ぶ泡がすぐ消えてしまうように、
 あわれではかないこの世であることだ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(08番歌の解釈)

 「出家後は俗人の生活とはきっぱり縁を切ったと思っているが、
 心だけはまだ俗世間を離れられないでいる。」
                (和歌文学大系21から抜粋)
(09番歌の解釈)

 「はかなく行ってしまった過去を思うにつけても、この現在もまた
 同じように無常である。はかなく消える朝顔の露のように。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

【・・・潟】

 遠浅の海岸で、海水が引くと海中から出る場所のこと。
 海流や風などの作用で外海から切り離されてできた湖や沼沢地の
 こと。干潟のこと。
 多くは地名に付く形で用いられます。

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01 清見潟おきの岩こすしら波に光をかはす秋の夜の月
     (岩波文庫山家集72P秋歌・新潮324番・西行上人集・
         山家心中集・宮河歌合・夫木抄・西行物語)

02 はりま潟灘のみ沖に漕ぎ出でてあたり思はぬ月をながめむ
         (岩波文庫山家集78P秋歌・新潮311番・
            西行上人集・山家心中集・夫木抄)

03 あはぢ潟せとの汐干の夕ぐれに須磨よりかよふ千鳥なくなり
          (岩波文庫山家集94P冬歌・新潮549番・
                西行上人集・山家心中集)

04 淡路がた磯わのちどり聲しげしせとの塩風冴えまさる夜は
      (岩波文庫山家集94P冬歌・新潮548番・万代集)

05 難波潟波のみいとど数そひて恨のひまや袖のかわかむ
         (岩波文庫山家集153P恋歌・新潮686番・
                西行上人集・山家心中集)

06 難波潟しほひにむれて出でたたむしらすのさきの小貝ひろひに
      (岩波文庫山家集171P雑歌・新潮1190番・夫木抄)

07 難波がた月の光にうらさえて波のおもてに氷をぞしく
       (岩波文庫山家集73P秋歌・新潮326番・夫木抄)


参考歌01 清見潟月すむ夜半のうき雲は富士の高嶺の烟なりけり
           (岩波文庫山家集73P秋歌・新潮319番・
                    続拾遺集・玄玉集)

参考歌02    遠く修行し侍りけるに、象潟と申所にて

     松島や雄島の磯も何ならずただきさがたの秋の夜の月
      (岩波文庫山家集73P秋歌・西行上人集追而加書)

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○清見潟

 現在の静岡市清水区を流れる興津(おきつ)川から西の清水港に
 向かっての一帯の海岸線を指します。現在の港湾は人工的に改変、
 整備されていますので「潟」と呼ぶべきものは存在しません。

 ここには平安時代には「清見が関」がありました。天武朝の679年
 に関が置かれたとのことで、関を鎮護するために関のすぐそばに
 清見寺(せいけんじ)が建てられたようです。

 歌は万葉集にもありますが、平安時代後期になってから清見潟、
 清見が関、月、波などの言葉を詠み込んで盛んに詠われました。
 月の名所として有名です。
 清水潟に南面して、羽衣伝説が伝えられる「三保」があります。

 「清見が関は、片つ方は海なるに、関屋どもあまたありて、
 海まで釘貫したり。けぶり合ふにやあらむ。清見が関の浪も
 高くなりぬべし。おもしろきことかぎりなし。」
   (更科日記から抜粋)(西行の京師第二部17号から転載)

○はりま潟

 現在の明石市付近の海岸の総称です。月の名所でもあり、地名の
 「明石」にかけて「月」の読み込まれている歌が多くあります。

 播磨潟ここを明石といふことは月の光のすめばなりけり
                 (藤原重家 重家集)
○灘のみ沖

 神戸市にある灘区の沖合いということではありません。
 播磨灘は小豆島と淡路島に挟まれた海域を言いますから、神戸市
 灘区からは離れすぎています。
 船で播磨灘の沖に出て・・・という意味になります。

○あたり思はぬ

 月の擬人化表現。遮るものが無い状態で海面を照らす月の光、
 その光景を言います。

○あはぢ潟

 淡路島にある干潟のこと。

○汐干

 潮が引いてできた干潟のこと。

○須磨

 摂津の国の歌枕。古くは播磨の国との境界です。
 現在は神戸市須磨区。千鳥の名所で源氏物語にも詠まれています。
 古くは関があり、関の歌もよく詠まれています。

 淡路島かよふ千鳥の鳴く声に幾夜寝ざめぬ須磨の関守
               (源 兼昌 百人一首78番)

○難波潟

 摂津の国の淀川の河口周辺を言います。現在と違って古代から
 低湿地と言ってもよく、干潟は広範囲にあったものでしょう。
 葦が生い茂り、物寂しい荒涼としたイメージで詠まれた歌が
 多くあります。

○しらすのさき

 固有名詞のはずですが、現在では場所がわかりません。

○氷をぞしく

 さえざえとした月光に照らされた波、海面を氷が張り詰めたかの
 ように見立てています。

○象潟

 出羽の国の歌枕。現在の秋田県由利郡象潟町。

 世の中はかくても経けり象潟の海人の苫屋をわが宿にして
           (能因法師 後拾遺和歌集519番)

 象潟は上記歌によって有名となりましたが、1804年の地震に
 より、風景は一変してしまいました。

 能因法師の歌、及び芭蕉の「奥の細道」によって有名になった
 名所。能因法師が住んだという島は1804年の地震によって地続き
 になったようです。

  象潟や桜の波にうづもれてはなの上こぐ漁士のつり舟
             (伝承歌(継尾集)・奥の細道) 

 西行にはもう一首、上記の象潟の歌が伝えられますが、象潟の歌
 は共に西行作ではないとみられています。

○松島

 宮城県にある松島湾を中心とする一帯の名称。安芸の「宮島」、
 丹後の「天の橋立」とともに日本三景の一つです
 西行は松島まで行ったのかどうか分かりません。芭蕉も義経も
 多賀城→塩釜→松島→平泉のルートを採っていますので、ある
 いは初度の旅の時に同じルートをたどった可能性があります。
            (西行の京師第二部26号から転載)
   
○雄島

 松島湾にある島の名称。松島海岸から近く、古くから仏道修行の
 地として有名でした。
 現在は橋がありますから渡渉できます。
 
「松島や雄島の磯・・・」という詠みかたをされています。
           (西行の京師第二部26号から転載)

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(01番歌の解釈)

 「清見潟では、沖の岩を越す白波に、秋の夜の月の光が重なり
 合って、いっそう白さが意識されることだ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(02番歌の解釈)

 「播磨灘の沖合いまで船を出して、周囲を気にしないで月を
 ずっと見ていよう。」
                (和歌文学大系21から抜粋)
(04番歌の解釈)

 「淡路島では磯廻から千鳥の鳴き声が頻繁に聞える。明石海峡
 から吹き付ける潮風がいつもより冷たい夜は。」
                (和歌文学大系21から抜粋)
(06番歌の解釈)

 「難波潟では潮が引いたら白州の崎の小貝を拾いに皆で出て
 行こう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(07番歌の解釈)

 「難波潟では月の美しい光に浦がどこまでも澄んで、海面に立つ
 波までが氷を敷いたように見える。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

(参考歌01番歌の解釈)

この歌は西行詠ではなかろうと思います。山家集の秋歌に収めら
れているとはいえ、ほぼ同じ歌が続拾遺集311番に登蓮法師詠と
してあります。

 清見潟月すむ夜半のうき雲は富士の高嶺の烟なりけり
              (岩波文庫山家集73ページ秋歌)

 清見潟 月すむ空の 浮雲は 富士の高嶺の 煙なりけり
              (新潮日本古典集成山家集319番)

 清見潟月すむ夜半のむら雲は富士の高嶺の煙なりけり
                  (登蓮、続拾遺集311番)

これは本歌取りの歌などであろうはずはなく、ほぼ同一歌であると
解釈するべきでしょう。どうしてこういうことになったのかという
と、現在まで伝わる内に書写した人の勘違いなどの理由により、
登蓮法師の歌を西行詠歌として山家集に入れたものと思われます。
逆に、西行詠歌を登蓮法師詠歌としたという可能性はほとんどない
と思えます。

登蓮法師の略歴については詳しくは分かっていません。西行と
同時代の歌人で1182年頃の没と言われます。勅撰集歌人であり
家集に「登蓮法師集」があります。
ほぼ同じ時代に成立した「玄玉集」や「歌仙落書」にも、この歌は
登蓮法師の歌としてあるそうですから、西行歌の可能性はほぼない
とみていいでしょう。

(参考歌02番歌の解釈)

この歌は西行上人集追而加書786首中の一首です。この集のみに
しかない歌です。
この集は他者の歌を西行歌として、あるいは他人詠の伝承歌を
多く含んでいますので信用できないものです。
「和歌文学大系21」「西行山家集注解」にも収録されていません。
窪田章一郎氏の「西行の研究」をはじめとして、いくつかの研究
書・解説書にも記載がありません。無視されています。
安田章生氏著「西行」のように、歌が取り上げられていたとして
も「西行作とは信用できない」ということが明記されています。
佐佐木信綱氏が岩波文庫山家集に採録したのは、西行歌である
確証は無いと認めた上で、この歌が西行歌として広く人口に流布
していたという、そのことによってのみでしょう。

「象潟や桜の波に・・・」歌も西行作とは認めがたいものです。
でもこの歌は芭蕉が引用しているほどですから、今日伝わっている
もの以外の、何かしらの伝本があったのかも知れません。
西行歌は散逸して今日に伝わらない歌の方が多いとも言いますし、
なぜに芭蕉がこの歌を知りえたのか知りたいものです。伝承歌を
単純に西行作とみなしたものでしょうか・・・?
             (西行の京師第二部29号から転載)

郭公→「ほととぎす」の項(予定)

【かづく】

 頭から、すっぽりと被ること。
 また、水に潜ることもいいます。
 他人を少し騙すことを「かつぐ」とも言いますが「かづく」から
 起きた言葉とのことです。

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01 岩のねにかたおもむきに波うきてあはびをかづく海人のむらぎみ
        (岩波文庫山家集116P羇旅歌・新潮1377番)
       
02 年へたる浦のあま人こととはむ波をかづきて幾世過ぎにき
        (岩波文庫山家集120P羇旅歌・新潮1397番)

03 黒髮は過ぐると見えし白波をかづきはてたる身には知るあま
        (岩波文庫山家集121P羇旅歌・新潮1398番)

04 磯のまに波あらげなるをりをりは恨をかづく里のあま人
          (岩波文庫山家集154P恋歌・新潮693番)

05 宇治川の早瀬おちまふれふ船のかづきにちかふこひのむらまけ
     (岩波文庫山家集198P雑歌・新潮1391番・夫木抄)

06 霜かづく枯野の草は寂しきにいづくは人の心とむらむ
          (岩波文庫山家集93P冬歌・新潮508番)

07 人しれぬ涙にむせぶ夕ぐれはひきかづきてぞうちふされける
     (岩波文庫山家集162P恋歌・新潮1331番・夫木抄)

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○かたおもむき

 片面向き、片趣きという文字を当てます。
 片方に(岩の方)に顔を向けて・・・という意味になります。  
 心を一方にばかり傾けて他を顧みないということ。

 ここでは海人達が一方向だけを向いている様子。
 「磯のアワビの片思い」という言葉を思わせる歌です。
 「磯の・・・」の言葉が西行時代にもあったものでしょうか。
 
○海人のむらぎみ

 群れている海人達、複数の海人達の意味。

○恨みをかづく

 恨は「浦回=うらみ=浦の周り、浦の湾曲した所)と「恨み」を
 掛け、かづくは「かづく=潜く」で、もぐることと、「被く」
 ことを掛けています。
 「被く」は、頭からすっぽりと被ること、とともに、責任を
 取らされる事、騙されること、という意味もあります。

○れふ船

 漁(りょう)船のこと。漁を(れふ)と言う言葉はこの一例のみ
 です。(り)を(れ)、(ょう)を(ふ)としたものでしょう。

○こひのむらまけ

 語意不明。群れ、集団がばら撒けた状態を指す可能性もあると
 思います。鯉の群れが捉えられた意味か?とする説もあります。
 「むらまけ」の用例は248ページにもあります。

○ひきかづき

 (引き被きてぞ)のこと。頭からすっぽりと衣類をかぶって、
 ということ。
 (かづく)は潜ること表す言葉でもありますが、ここでは
 被る(かぶる)という意味です。
 他に(褒美をいただく)(褒美を与える)ことも(かづく)と
 言います。

○うちふされ

 臥すこと。寝ること。(うち)は(臥す)の調子を強めています。

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(02番歌の解釈)

 「年取ってすっかり白髪になった海辺の漁師に聞いてみたい。
 一体何年海に潜り、白波を頭からかぶり続けたのかと。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

(03番歌の解釈)

 「長年白い波ばかり被り続けたために、髪の黒かった若い頃は
 もう過ぎ去って、これからずっと白髪で生きていくんだと、
 漁師よ、いい加減に観念しなよ。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

(04番歌の解釈)

 「自分は、磯に波が荒れている時には浦回で水にくぐって漁を
 する里の海人のようなものだ。女がつれない折はいつも恨みを
 抱いている。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

(06番歌の解釈)

 「すっかり霜に覆われた枯れ野の草は見るからに寂しいだけなの
 に、一体どこに私の心を惹きつける魅力があるのだろう。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

(07番歌の解釈)

 「恋しい人に逢うこともかなわず、人知れぬ涙にむせぶ夕暮れは、
 衾をひきかぶってうち臥してしまうことであるよ。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

【かつまたの池】

 大和の国の歌枕。現在の大池のこととみられています。
 勝間田の池は薬師寺近くにあり、絶好の撮影ポイントとなって
 います。
 
 「勝間田の池は我しる蓮なししかいふ君が髭無きごとし」
           (作者不詳 万葉集巻十六 3835番)

 万葉集にも詠われていますが、古い時代から水が少なかったか、
 枯れた池だったのでしょう。

 「鳥もゐで幾世へぬらん勝間田の池にはいひのあとだにも無し」
              (藤原範永 後拾遺集1053番) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

01 水なしと聞きてふりにしかつまたの池あらたむる五月雨の頃
     (岩波文庫山家集50P夏歌・新潮225番・西行上人集・
         山家心中集・西行上人集追而加書・夫木抄)

02 水なくて氷りぞしたるかつまたの池あらたむる秋の夜の月
           (岩波文庫山家集72P秋歌・新潮323番)

○聞きてふりにし

 聞いてから時間がたって・・・。聞いたので雨が降って・・・。
 両方の意味をかけています。

○池あらたむる

 枯れて底の見えていた池に改めて水が満ちること。 

○氷りぞしたる

 「氷」「する」で、氷ができた、氷が張ったという意味。
 月の澄明な光を氷に見立てて、さえざえとした情景を演出して
 います。

(01番歌の解釈)

 「水が無いということで長い年月言いつがれてきた勝間田の池
 でも、五月雨が降り続き、池の様子はすっかり変わってしまった
 ことである。」
             (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(02番歌の解釈)

 「水がないはずなのに氷が張った。秋の夜の月は勝間田の池を
 新しく甦らせたのだ。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

【かつみ】

 (まこも=真菰)の異称です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

   五月会に熊野へまゐりて下向しけるに、日高に、宿に
   かつみを菖蒲にふきたりけるを見て

01 かつみふく熊野まうでのとまりをばこもくろめとやいふべかるらむ
       (岩波文庫山家集48P夏歌・新潮欠番・西行上人集)

○五月会

 わかりません。五月の節句のこととも考えられます。

○熊野

 広義には和歌山県と三重県にわたる東西南北の牟婁郡の総称です。
 この歌の「熊野」とは、熊野本宮大社を指しています。
 「熊野」の地名入り歌は合計7首あります。

○下向

 普通は都から地方に行くことを下向といいます。
 ここでは高いところから低い所に向かうことを言いますが、
 熊野本宮、熊野権現に参詣した人たちの帰りという意味も重ねて
 いるものと解釈できます。

○日高 

 紀の国にある地名。現在の和歌山県中部。御坊市の北になります。

○こもくろめ

 不明。菰にくるまっているような感覚をいうか?

(01番歌の解釈)

 「かつみを屋根に葺く、熊野詣での人々のための泊り宿を、
 こもくろめというべきだろうよ。」
              (和歌文学大系21から抜粋)

【かつら】

 ここにある「かつら」は植物名ではなくて、頭につける鬘のこと
 です。月桂冠のような髪飾りのことと解釈して良いでしょう。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

01 玉かけし花のかつらもおとろへて霜をいただく女郎花かな
         (岩波文庫山家集92P冬歌・新潮511番・
            西行上人集・山家心中集・夫木抄) 

 新潮版では「花のかつら」は「花の姿」となっています。

○玉かけし

 玉とは普通は宝玉を指します。ここでは露のことですが、露が
 玉をかけた様に美しく、きらびやかな様子を言います。     

○女郎花

 秋の七草の一つです。細い茎に黄色の花をつけます。
 「女飯」「栗飯」という呼び方もあるようです。

(01番歌の解釈)

 「露の玉をつけ美しい色どりを見せていた花の姿も衰えて、冬の
 今となっては霜を戴いている女郎花だよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

 「秋には夜露に濡れた様子が、宝玉で荘厳した花の髪飾りの
 ように美しかった女郎花も、冬にはすっかり衰えて、まるで
 白髪の老婆のようだ。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

【かづら】

 「まさきのかずら」の古名は蔦蔓(蔦。ブドウ科の落葉植物)です。
 和歌文学大系21では蔦蔓の一種の「サンカクヅル」としています。
 サンカクヅルは「行者の水」という別名があります。

 一説にテイカカズラのことを指すとも言われています。しかし
 キョウチクトウ科のテイカカズラは常緑であり、紅葉しません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

01 松にはふまさきのかづらちりぬなり外山の秋は風すさぶらむ
          (岩波文庫山家集89P秋歌・御裳濯河歌合・
               新古今集・御裳濯集・玄玉集)

02 神人が燎火すすむるみかげにはまさきのかづらくりかへせとや
            (岩波文庫山家集279P補遺・夫木抄) 
         
○神人

 神に仕える人。神社の神官。祭主、禰宜、神主などのことです。

○燎火(にわび)

 神楽を奏する場所を浄化し、明るくするための焚き火のこと。

(01番歌の解釈)

 「松の木に這いかかっている正木のかづらの葉は散ってしまった
 よ。もう秋も終りだから、さだめし里近い山の秋のこのごろは、
 風が吹き荒れることであろう。
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

 この歌にある「ちりぬなり」という表現などから見て、葉は大型
 のものを思わせます。テイカカズラなどのごく小さな葉を言う
 には、ふさわしくない言葉でしょう。

(02番歌の解釈)

 「神主が庭火を盛んに焚いている神のみかげは、まさきのかづら
 をくるようにくりかえせというのであろうか。
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

(葛の植物名のある歌)

01 すがるふすこぐれが下の葛まきを吹きうらがへす秋の初風
      (岩波文庫山家集56P秋歌・新潮1013番・夫木抄)
              
02 吹く風に露もたまらぬ葛の葉のうらがへれとは君をこそ思へ
          (岩波文庫山家集163P恋歌・新潮1335番)

(「まさき」の言葉のある他の歌)

01  かつらぎを尋ね侍りけるに、折にもあらぬ紅葉の見え
   けるを、何ぞと問ひければ、正木なりと申すを聞きて

  かつらぎや正木の色は秋に似てよその梢のみどりなるかな
         (岩波文庫山家集119P羇旅歌・新潮1078番・
                   夫木抄・西行物語) 

02 まさきわる飛騨のたくみや出でぬらむ村雨過ぎぬかさどりの山
          (岩波文庫山家集166P雑歌・新潮973番・
              西行上人集追而加書・夫木抄)
              
【かつらのかげ・月の桂】

 (かつら)は植物の(桂)のことですが、月にある伝説上の木
 です。転じて、月光を指す言葉です。
 日本のウサギのように、中国では月の中に大きな桂の樹があると
 信じられているようです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

01 かすみにし鶴の林はなごりまでかつらのかげもくもるとを知れ
            (岩波文庫山家集240P聞書集106番)
              
02 秋になればくもゐのかげのさかゆるは月の桂に枝やさすらむ
     (岩波文庫山家集275P補遺・御裳濯河歌合・雲葉集)

○鶴の林

 仏教創始者の釈迦の臨終の場所にあった沙羅双樹の林のこと。
 その沙羅双樹が釈迦死亡に合わせて、鶴の羽根のように白く変色
 したためにこの名称があるとのことです。

○なごりまで

 沙羅双樹の樹が白く変色した現象の影響が続いているということ。
 釈迦の教えがいつまでも続いているということ。

○くもゐのかげ

 大空のこと。月光の明暗のこと。

(01番歌の解釈)
 
 「煙でかすんでしまった鶴の林は、その名残として今夜まで月の
 光も曇ると知って下さい。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(02番歌の解釈)

 「秋になると雲居のあたりの月の光が美しくさかえるのは、
 月の中の桂の木、その桂の木の紅葉した枝の数がふえるためで
 あろうか。」
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

【かつらぎ・葛城の神・葛城の山】

 地名を表す場合は「かつらぎ」と読んでいいのですが、植物の
 歌の場合は正しくは「かづらき」です。地名の場合も古くは
 「かづらき」とのことです。
 
 「葛城」は地名で固有名詞です。奈良盆地の西南部一帯を指し、
 古代豪族の葛城氏のゆかりの地です。
 「葛城の山」は標高959メートル。金剛山の北側に位置します。
 「葛城の神」は葛城山の奈良県側にある一言主神社の一言主神を
 指しています。役行者小角が金剛山から吉野に石橋を架ける
 ために一言主の神も使役したのですが、あまりの仕事の遅さに
 腹を立てて、一言主の神を捕縛して谷底に捨ててしまった、
 という伝説もあります。
 また、古事記の雄略天皇の条では天皇は一言主の神にひれ伏した
 ということが書かれています。

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    かつらぎを尋ね侍りけるに、折にもあらぬ紅葉の見え
    けるを、何ぞと問ひければ、正木なりと申すを聞きて

01 かつらぎや正木の色は秋に似てよその梢のみどりなるかな
         (岩波文庫山家集119P羇旅歌・新潮1078番・
                    夫木抄・西行物語) 

02 よる鳴くに思ひ知られぬほととぎすかたらひてけり葛城の神
             (岩波文庫山家集237P聞書集76番)
              
    高野へまゐりけるに、葛城の山に虹の立ちけるを見て

03 さらにまたそり橋わたす心地してをぶさかかれるかつらぎの嶺 
          (岩波文庫山家集270P残集32番・夫木抄)
             
04 麓まで唐紅に見ゆるかなさかりしぐるる葛城の峰
              (鹿野しのぶ氏発見歌)

○正木

 初冬にも紅葉するけど初夏にも紅葉するカズラのようです。
 テイカカズラなど諸説ありますが、サンカクヅルのようです。

○高野

 高野山のことです。西行は1149年頃から1180年頃まで生活の場を
 高野山に置いていました。西行32歳頃から63歳までです。

○虹の立ちける

 当時は(にうじ)と読みます。
 自然現象が科学的に解明されていない当時にあって、虹は不吉な
 ものの代名詞のようでした。
 
○そり橋

 反った橋のこと。湾曲した橋のこと。

○をぶさかかれる

 (をぶさ)は緒房のこと。織物の末端の糸をかがったり束ねたり
 して装飾を意図して施したもの。それが(架かる)ということ。
 いろんな色で装飾された房の「虹」が架かっているように見える
 ことを言います。

(01番歌の解釈)
 
 「ここ葛城山ではまさきのかずらの色は秋に似て紅葉し、他の
 木の梢は緑であることよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(02番歌の解釈)

 「夜に鳴くことでよくわかった、郭公よ、お前を語らって仲間に
 したのだな、葛城の神は。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(03番歌の解釈)

 「途絶えしたまま架かる久米の岩橋の上にさらにまた反り橋を
 渡すような感じで、虹が懸かっている葛城の峰よ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)
(04番歌について)

 西行が死の前年の1189年、72歳の時に慈円に書き送っていた歌が
 近年発見されました。鹿野しのぶ氏が「語文、仏教大学刊行?」
 に発表されたものです。
 西行最晩年の作でしょう。二首あって、もう一首も紹介します。

 訪ね来つる宿は木の葉に埋もれて 煙を立つる弘川の里
                  (鹿野しのぶ氏発見歌)

【門田】

 (かどた)と読みます。
 門の前や門の近くにある田のこと。家の付近の田のこと。
 後に、自分の出自の家「門地=もんち」の領地である田も「門田」
 と呼ぶようになったそうです。ただし、その場合の読みは
 (かどた)よりも(もんでん・かどんだ)と呼ばれたようです。
 畑には(もんばた・かどばた)という呼称のようです。
 言葉のリズムのことを考えて(もんでん)よりも(かどた)の方が
 ふさわしいので、(かどた)と詠んだのかもしれません。

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01 庭にながす清水の末をせきとめて門田やしなふ頃にもあるかな
           (岩波文庫山家集39P春歌・新潮1437番)
                  
02 白雲を翅にかけて行く雁の門田のおもの友したふなり
      (岩波文庫山家集67P秋歌・新潮422番・西行上人集・
    山家心中集・宮河歌合・新古今集・御裳濯集・西行物語) 

03 山里の月まつ秋のゆふぐれは門田のかぜのおとのみぞする
           (岩波文庫山家集275P補遺・御裳濯歌合) 

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○門田やしなふ 

 水田に水を引き込んで潤すことを言っています。
            
○翅にかけて

 「つばさにかけて」と読みます。雁は手紙を運ぶ、音信を伝える、
 という故事があり、手紙の異称である「玉章=たまずさ」と合わ
 せて詠まれる事が多くあります。

○雁

 カモ科の水鳥。ガンの異称です。「かりがね」とも言います。
 全長は30センチから1メートルくらいまで。
 秋に日本に渡ってきて越冬し、春に北に帰ります。
 かり・かりがねの歌は西行に18首あります。

(01番歌の解釈)

 「庭に流す清水の末を堰きとめて、門の前にある田の灌漑用に
 しょうと思うことだよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(02番歌の解釈)

 「白雲を手紙のように翼に懸けて遠くを飛ぶ雁が、門田に残った
 友を慕って鳴き交わすのが聞える。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(03番歌の解釈)

 「山里の月の出を待つ秋の夕ぐれは門の近くの田圃に風のみが
 音をたてている。静でさびしいよ。」
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)
                
【金岡】

 「巨勢金岡」のことです。平安時代初期の絵師ですが生没年とも
 に未詳です。
 都名所図会では「光孝天皇の末葉にして姓は紀氏」とありますが、
 第58代天皇、在位(884〜887)の光孝天皇云々はどうしても信じ
 られません。
 神泉苑や大覚寺の作庭、清涼殿の襖絵を描いたようです。
 平安時代の中期頃に絵師として巨勢弘高や巨勢公茂の名前が見え
 ますから、あるいは一族で作庭、襖絵、仏画などを生業とする
 家柄となっていたと考えられます。
 宇治市木幡に金岡の家があったようです。
 堺市金岡町に巨勢金岡を祀る金岡神社があります。

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01  大覚寺の、金岡がたてたる石を見て

 庭の岩にめたつる人もなからましかどあるさまにたてしおかねば
         (岩波文庫山家集195P雑歌・新潮1424番)
                   
○大覚寺

 京都市右京区にあるお寺。

○めたつる人 

 眼を立てる人のこと。特に気をつけて注視するということ。
 人の眼を引きつけるということ。
                 
○かどあるさま 

 才覚の(才)は(かど)とも読みます。石の(角)と掛け合わせた
 言葉です。
 才覚を感じさせる形、様子のことです。

(01番歌の解釈)

 「庭園の石になど注目する人もいなかっただろう。才気の感じら
 れる立石を金岡が始めなかったならば」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

大覚寺の歌はもう一首あります。詳細については03号を参照願い
ます。

 大覚寺の瀧殿の石ども、閑院にうつされて跡もなくなりたりと
 聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が、今だにかかるとよみ
 けん折おもひ出でられて、あはれとおもほえければよみける
           
 今だにもかかりといひし瀧つせのその折までは昔なりけむ
          (岩波文庫山家集196P雑歌・新潮1048番・
            西行上人集・山家心中集・新拾遺集)
               
(大覚寺)
真言宗大覚寺派の総本山です。仁和寺と並び第一級の門跡寺院。
第50代桓武天皇の子で52代嵯峨天皇の離宮として造営され、嵯峨
御所ともいわれました。嵯峨天皇は834年から842年まで檀林皇后
(橘嘉智子)と、ここで過ごしています。
後にお寺となり、後宇多法皇はここで院政を行っています。
また、1392年の南北朝の講和はこの寺で行われました。
                 (西行辞典03号から転載)

【かばかり】
  
 副詞。これほど・このくらい・これだけ、などを表します。
 (か)は指示代名詞、(ばかり)は程度、範囲、容量などを表す
 副助詞です。
 「いかばかり」という言葉と非常に良く似ています。山家集の
 中で「かばかり」の用例はこの一例のみです。

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01 吹く風のなべて梢にあたるかなかばかり人の惜しむ櫻を
        (岩波文庫山家集33P春歌・新潮152番・夫木抄)

○ なべて

 「並べて」と書き、すべて、一帯に、全般にという意味です。

(01番歌の解釈)

 「風がどの梢にも一面に吹き付ける。こんなにも人が桜の散る
 のを惜しんでいるのに。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

【かはづ・蛙】

 両生類の蛙のこと。幼生はオタマジャクシ。
 日本には32種が生息しているようです。

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01 かり残すみづの真菰にかくろひてかけもちがほに鳴く蛙かな
       (岩波文庫山家集40P春歌・新潮1018番・夫木抄)

02 ま菅おふる山田に水をまかすれば嬉しがほにも鳴く蛙かな
      (岩波文庫山家集39P春歌・新潮167番・西行上人集・
     山家心中集・宮河歌合・風雅集・月詣集・御裳濯集)  

03 みさびゐて月も宿らぬ濁江にわれすまむとて蛙鳴くなり
            (岩波文庫山家集40P春歌・新潮168番)

   忠盛の八條の泉にて、高野の人々佛かきたてまつること
   の侍りけるにまかりて、月あかかりけるに池に蛙の鳴き
   けるをききて

04 さ夜ふけて月にかはづの聲きけばみぎはもすずし池のうきくさ
                 (岩波文庫山家集270P残集)

○みづの真菰

 (みず)については(御津)(美豆)などの地名、あるいは河の
 名称などの諸説があります。地名とするなら山城の国の歌枕の地
 である美豆説が有力です。美豆は男山の少し東北、淀の東に当た
 ります。
 (真菰)は イネ科の多年草。高さ2メートルほどにもなります。
 茎は食用にもなり、線形の葉は筵などの材料になります。

○かくろひて

 隠れること。隠れていること。

○かけもちがほ

 新潮版では「かげもちがほ」と、なっています。陰を持っている
 様子で、という意味です。
 ところがこれは説得力が無いように思います。「人に発見されない、
 陰が自分を守ってくれる」のであれば、わざわざ居場所を告げる
 かのように鳴かないでしょうに・・・。

○ま菅

 カヤツリグサ科のスゲのこと。多年草。高さは1メートルほど
 にもなります。葉は細長く、笠や蓑の材料となります。

○嬉しがほ

 嬉しそうな顔のこと。

○みさびいて

 水に含まれている渋のこと。水の錆びのこと。要するに水垢です。
 61ページに(月のためみさびすゑじ・・・)歌がありますが、
 ここにあるのは「水錆据えじ」のことで、この場合は水垢を発生
 させない、という意味となります。

○忠盛

 平忠盛のこと。1096年から1153年在世。清盛、経盛、忠度らの父。
 白河・鳥羽・崇徳の三代に仕えています。
白河帝の「平氏と源氏を拮抗させる」という思惑もあって、忠盛
 は異例の昇進をしています。多くの国の国主も歴任して、財を蓄え
 ました。崇徳帝の長子の重仁親王の養父ともなっています。
 歌人としても著名で「平忠盛集」があります。

 平忠盛は八条に邸宅を構えていました。現在の梅小路貨物駅あた
 りも含んでいたそうですから広大な敷地です。現在は西大路八条
 東北角に「若一神社」があり、そこに清盛の石像があります。
 忠盛はその父の正盛と共に平氏隆盛の基礎を作りました。1153年
 1月忠盛没後、八条の邸宅は清盛が伝領しました。当時の歴史の
 中枢に深く関わった邸宅です。
 西行が高野山に移ったとみられる1149年に高野山の堂塔は落雷で
 被災しました。その復興の役を忠盛が命じられていましたので、
 その関係で「高野の人々」が忠盛邸に出入りしていたようです。
 この屋敷は平家の都落ちのときに、平氏自らの手で焼かれました。
             (角田文衛氏著「平安の都」参考)

○高野の人々佛かきたてまつる

 仏の像を描いて建物の供養をすることを指します。この歌は
 1152年までに詠われたものです。
  
(01番歌の解釈)

 「刈り残したみずの真菰に隠れて、自分を守ってくれる陰を持つ
 と得意そうに鳴く蛙であるよ。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)
(02番歌の解釈)

 「真菅が生えた山田に水を引いたので、蛙がうれしそうに
 鳴いている。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

(03番歌の解釈)               

 「水あかが浮かんでいるために月影も宿らない濁江に、澄む月の
 代りに自分が住もうと、かわずが鳴いていることである。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)
            
(04番歌の解釈)   

 「さ夜更けて、夏の月の光の下、池に鳴く蛙の声を聞くと、その
 声はもとより汀も涼しい。池の面には浮草が漂っていて。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

【かへなくに】

 替えないこと。代えないままのこと。

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01 ともしするほぐしの松もかへなくにしかめあはせで明す夏の夜
            (岩波文庫山家集52P夏歌・新潮239番)

○ともし

 夏から秋の季節に狩人が鹿をおびき寄せるため、夜、山中に
 かがり火を焚き、火串に松明を灯すことをいいます。

○ほぐしの松

 ほぐしは(火串)です。特別に造られた用具ではなくて、檜の枝
 などを用い、それに付け足したり挟んだりした松明のことです。

○しかめあはせで

 鹿と目を合わせていないこと。鹿と目を合わせた瞬間に矢を放って
 鹿を射るようですが、果たしてそれで鹿を射ることができるので
 しょうか?
 この歌ではもっと別の意味があり、鹿を女性に見立てていると
 解釈できます。

(01番歌の解釈)

 「照射する火串の松もまだとりかえないのに、夏の夜はもう
 明けてしまった。牡鹿も牝鹿と逢うこともなく、自分も短夜に
 目を合わせて眠ったとも思えないうちに・・・。」
             (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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