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  京都写真集   マガジン48号から53号

      左京区北部   三千院 寂光院 来迎院 鞍馬寺 静原
      左京区南部   鴨川 下鴨神社 法然院 北白川天神宮
 
 勝林院
  勝林寺は835年の創建といわれます。来迎院とともに大原声明念仏の
  中心だったようです。380人の僧侶が集まったといわれる法然上人の
  「大原問答は」この本堂で行われました。1186年8月の事です。その時、
  奈良、東大寺の重源なども参集しています。西行は二度目の奥州の旅の
  途上にあります。
  現在の本堂は1778年建立によるものです。



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 来迎院

 来迎院は天台声明の道場として、850年代に建てられました。
 1109年に良忍上人が再興しています。
 寂然(藤原頼業)も、この寺にいたことが記録されています。



 音無の滝

 
来迎院から300メーターほど登って行ったところに音無しの滝があります。
 「音無しの滝」の枕言葉は那智熊野のもののようですが、この小野山を
 指すとも言われます。
 源氏物語・夕霧の巻にこの滝を詠んだ歌があります。

     朝夕に泣くねを立つる小野山は絶えぬ涙や音無しの滝

  小野山のうへより落つる瀧の名のおとなしにのみぬるる袖かな 277ページ

  上の西行の歌も、この滝を詠んだものであることは確実だろうと思います。



以下の2枚は2004年6月3日の撮影。2段になっています。落差15メートル程度。





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 寂光院
 建礼門院ゆかりのお寺です。お寺そのものの創建は詳らかでは
 なく、寺伝では594年の創建とあります。建礼門院徳子が東山の
 長楽寺で落飾して、この地に隠棲したのは1185年の事です。
 「平家物語」や謡曲「大原御幸」でも有名なお寺です。
 寂光院は平成12年5月8日に放火のため一部焼失しました。
 ひどい人がいるものです。


 

 平成16年6月3日、寂光院の本堂はまだ再建途上でした。
 「カルミヤ」という花が咲いていました。



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おぼろの清水
 大原にある清水とのことですが、現在は、ほぼ、枯れているようです。
 三千院と寂光院の中間あたりにあります。

   すみなれしおぼろの清水せく塵をかきながすにぞすゑはひきける 246ページ
                                      (西行)
   ひとりすむおぼろの清水友とては月をぞすます大原の里      139ページ
                                  (寂然)
   入る月の朧の清水いかにしてつひに澄むべき影をとむらん 
                              (続古今集 順徳院)
   まれにこしの里に住みなれて老いも清水のあるじなりけり
                              (夫木和歌抄 丹後)



以下は16年6月3日の撮影です。
下は朧の清水ですが、コントラストがありすぎてわかりにくい画像です。
小さな水溜りという感じです。



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