私家集 01
横断歩道という歌誌に載せていただいた歌をここに発表します。
自分で詠むようになって、歌はやはり難しいと思います。言葉が
立ち上がらないことにいつも往生しています。
01 頭蓋をわしづかみして指し示せ我が守護霊よ煉獄の森を
02 おちこちを探しあぐねてさまよえる皺打つ年も重ね過ごして
03 噛みしめて己を噛んで永らえてまがいの歯でも噛み続けいる
04 病み伏せる床の辺に満つあやかしの深き孔ありまどひつつ落つ
05 溶けていく溶かされていく露の身の一畳分の我が意識かな
06 白玉はみなぎり満ちる葉ずゑにてまろき命の一炊の夢
07 ふるふるとふるえる魂を抱きしめてまろき命の朝露の玉
08 たまさかに逢えば背中を丸めつつ笑み満面に八十の母
09 ことだまよ我がことだまよ空隙埋めよまどひ住みいる嗟嘆の杜の
10 さらさらと流れるごとに木漏れ日は地の朽ち葉染め時移りゆく
11 朝はあさ目覚めのこない日もほしい二万二千日ほどの僥倖
12 いつかくるお約束の日に準備せよ目覚めの朝に思うことごと
13 夢とうつつ反古にせよ仮の宿よわが魂などはどこにもあらじ
14 かざぐるままわる輪廻のうちそとに我が魂は一陣の風か
15 何かしら何かしらをと思いつつ逡巡の足跡はるかに遣る
16 しみじみと手の甲を見る過ぎかたの皺打つ五指のしたことをなど
17 紅葉(べにば)見る紅葉(べにば)うるわしたどり来た我が人生の色の表白
18 ヒマワリは冬にこそ咲け花でなく命の尖り指ししめる華
19 深い秋色を失うその前に命燃やして樹々のはげしさ
20 反骨の翻る旗地にまみれ紅旗征伐白骨のごとし
21 臥したままさらさらの年迎えおりなにもなけれど謹賀新年
22 帰省日を待ちわびてきた老父母の落胆思う屠蘇酒にがし
23 庭先に難を転じる実ともいう赤き色あり新玉の朝
24 ひととせの息災願い南天は血の玉をしてのびやかに在り
25 ひとり居の家に臥しおりはつはるにメジロやスズメ訪い来たる
26 臥せばまず出てくる鬼と対話する今年の命ありやなしやと
27 鬼さんこちらではない和さんこちら言われ続けて年を閲して
28 木の春のつらつらつばき狭庭にも時告げて落つまた一輪と
29 約束の季節をたがえ店先に寒の入りの日チューリップ咲く
30 昏きより昏きをたどる道すがらふと見上ぐれは天に月冴ゆ
31 余寒なる言の葉怪し虎落笛白の狼藉一面は雪
32 立つ春の季節(とき)も過ぎれば天蓋は酒に酔いしか都は真冬
33 寒も過ぎ梅の香もしてはつこひは散ってくだけて如月寒し
34 望月を水の鏡に盗らばやと洗面器丼湯呑みにも
35 月を盗る月盗人になりたしや月と酒のみ愛でるゆたかさ
36 我がつむぐ言の葉照らせ冴々と糺の杜の冬の夜の月
37 残月は悲しかるらん狛犬の赫きほむらで冬篭りして
38 金閣はさらに白をも塗り重ね五右衛門ならいううーん絶景
39 金箔の楼閣覆う白き舞い感嘆しつつ醒める早さの
40 ライトアップ声を出せない樹々たちの嘆き激しき嵐の山に
41 去年の日にしがみつきしか空蝉は雪に染まりて夏留めおり
42 脱け出づるうつつの命より長しせなに春の日空蝉寒し
43 空蝉は蝉の形を保ちおり人は位牌の型になるらむ
44 おいかけておいかけて行く夢のよるべなさされども空蝉悲し
45 空を飛ぶ夢のあわいに生きたまえ飛べない蝉よ命なりけり
46 現身も空蝉も在ること悲し三月の空青くて深き
47 思いしは人みなすべて空蝉よ泣き惑いして虚空を訪ぬ
48 我もまた空蝉の人常ならむ自愛を超えて時の残虐
49 訪ね来る小鳥にやらむ施餓鬼餌皺立つ父母の安寧想い
50 もちのきは小鳥の宿になりぬらん飛び交うメジロ玉の実を食む
51 西行の数奇好みの真似をする見ぬ梢なく花を見たしと
52 狂いたし思う年月重なれり花の声する頃にしなれば
53 期せずして花に心のゆれうごく今年も我は我を忘るる
54 巡り来る花の命に囚われて春の浪漫狂いの季節
55 にしひがし訪ね歩きて春暮れぬ花の毒をもただ喰らいつつ
56 出会いしは滝の桜よみちのくの辺境照らす花の灯
57 爛漫の真葛が原に風そよぎ祇園の桜老いを深めて
58 花誘う吉野の駅は群れむれて狂い人たち花にと急ぐ
59 家づとにせむと思いし桜花黄泉の国への土産とならむ
60 散り敷きてだだ散り敷きて終りなむひととせのはかなさが散りゆく
61 猛けている五月残酷の五月をたどり従容の五月となり
62 雲間晴れ光り指しおりその時に我のきざはしほのかに見ゆる
63 さし来る天の階段ありといふ人みな登る今際の時の
64 たまものの命ながらえ春の日に風添いわたり心地よきかな
65 生木をも燃やして築くこともある炎に見ゆるおのがひと世の
66 薄紙を一枚ずつに剥がすごと見えてくるのはたどりし日々か
67 銃口の小さき穴と向かいあう過ぎ越しかたの狂乱のほど
68 あさなあさな魂込め込めて生きており目覚めの快はすでになけれど
69 かえるでのわかば透けおり爛ける日よこの春ゆえにただにいとしく
70 とりどりの華やぎ満ちる春なれや浮き立つ心変わりをもせず
71 遠雷のごとく君にはとどろくか家に帰れと命じる声が
72 こだまする「家に帰れ」の声すなり導かれつつ夜の旅立ち
73 「帰りたい、家に帰る」と言いおれり黄泉路に続く夜の迷路の
74 六十年住みてもここは家でない八十歳の君の真実
75 同行の供輩連れて夜出づる杖突き歩み家を探しに
76 暗闇にほめく眼がありその中に狂いし君の深い闇満つ
77 家はなく歩き疲れて帰り着きいびきかき臥す君のしあわせ
78 分別をなくして深き皺刻む満面笑みの嬉しさも見せ
79 老いを生き八十年の皺襞に娘盛りの輪郭宿して
80 無造作に土間にはスイカころがってあっけらかんと君は狂いし
81 たまもののごとくに切に乞い願う梅雨の季節の干天の慈雨
82 脳内も溶け入るような心地して梅雨の最中に夏猛りおり
83 とろとろととろける熱の伝え来る悪意の果実夢の蜃気楼
84 何事か探して歩き来た道は逃げ水多きおぼろなる間の
85 溶けていく意識増殖する白き闇のただなか夏の交差路
86 ネジバナの螺旋の花に惚れあげて刺激とぼしき老いの身を知る
87 深み行く夜の帳のただなかを鵜飼舟過ぐ千鳥の淵に
88 鵜飼の鵜鵜縄の届く命もていろくず捕え吐き出しており
89 桂川咲けるコスモス川風に揺れて寧日ひたすら想う
90 我が母はこのひと夏は超えきるか自身の名さえ分らぬまま
91 百日紅盛りに咲ける道ゆきて川風に逢う昼のおそきに
92 陽炎のゆらめき終ゆる川端に秋色秘めて風わたりゆく
93 小侍従の鐘楼かこみ蝉集う夏空まぶし宝の御寺
94 八幡宮祭りの日には帰らむかおちこちたどる小侍従の魂
95 見上ぐれば光りの花は咲きみだる思いを乗せてこの夏が逝く
96 七千の花火舞い散る保津川にさやかに秋は訪れてある
97 浪の間にカモメたゆたふ朝まだきまたひとつ消ゆ輝く星が
98 届き来る誰彼となき訣別にしるべならむとロウソク灯す
99 飛ぶごとく景色は移る走馬燈特急号は西にと向かう
100 往還は過去と今とを合わせおり往きてふたたび還るしあわせ