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401 人は逝き形見の品の熱き骨涙こらえてただ拾いおり

402 肺炎も憎きはあらず声がして呼ばれて向こうに歩み行きたり

403 納まれる八十五年の母の生壺をいだきて頭を垂れて

404 い寝おれば袖を引かれて目を覚ます枕のもとに二親揃い

405 逝くときは互い違いになりおれどまた二人して我が前に居て

406 夢の中二親共に聞きたまふいつまでそこにいるつもりかと

407 この世にて今少しのみ在りたしと夢とうつつのはざまで答え

408 この春も受かりし命永らえて亡き父母連れて花を見たしや

409 わが死もて我が喪はあくるその時に果たされるのかついの邂逅

410 行き来する輪廻の風は橋渡り迷いつつ往く我を包まむ

411 花の散るよるべなき日は亡き人を偲ぶる水があふれて流る

412 あふれくる水は系譜の波に乗り花の筏は常世に行くか

413 母は逝き一人山路をたどりおり連れ合うことのならぬ身哀れ

414 哀れなる奪衣婆道に待ち伏せる叱って行けよ河のたもとに

415 河渡る銭を持たさず送り出す六文銭を惑ひて忘る 

416 惑ひなく山路川路を歩み過ぎまたまみえるか父の御霊と

417 霊と霊引き合う印あればあれ中有の道は険しきものを

418 道過ぎて満の中陰明くる時邂逅想い花を贈らむ

419 桜花去年も今年も我が眼にて焼きつつ想う土産にせむと

420 花散らす雨は今日しもそぼ降りて内なる海を目指して流る

421 この年も逢わむと思う桜花蕾を見ればそぞろ浮かれて

422 ゆっくりと開きなさいと乞い願う急ぎに急ぐ花の繚乱

423 ねぶりから覚めたるごとし花びらは咲くことにのみひととせ込めて

424 いつよりか重ねる年の降るごとに花の命は心占めおり

425 花を見て淫して明かす春の日に狂いは生まれあふれて漏れる

426 囚われて捉えて添わす花ゆえに身の果てまでも我が物にして

427 空の色桜の色を混ぜ集め春告げ風はやはらかに過ぐ

428 西東盛りの花を共に見る亡き父母連れて同行四人

429 尽くさざる孝養思う花の日の偲ぶる思い千々に乱れて

430 散り急ぐ定めはやがて身に深く沈んで積りまたの世想う

431 雨や霧汗や涙になり変えて私を満たす水の領分

432 嵩たかく川をまるごとひた奔る龍の五月雨水の軍団

433 不可思議な水というもの不可思議な私に満ちて受容器あふれ

434 まんまるき月思わせてビョウヤナギの滴は顔を写して落ちる

435 玉の面の鏡は写すうつし身の流れる時のその一瞬を

436 雨滴をば浴びてアジサイ群れ咲けり瑞々しきも水無し月は

437 曇り空六十三度目の夏至きたる父四回忌時飛びゆけり 

438 在りし日の父の身体を包む服今は我が身に夏空の下
  
439 梅雨時のあやかし色の夕空をたたずみ見おりみやげにせむと

440 夏秋を分かつ夏越しの茅の輪あり穢れや罪過預けてくぐる

441 つらつらと思うことなく過ぎゆけど流れを悔いる我もまたあり

442 年月を降り積もらせて白峰の山に焦がれて詣で初めける

443 せかされて追われて逸る気のままに来た白峰は近くて遠く

444 森厳の霊気をかもす御廟には崇徳西行ともにいませり

445 いるはずの二人は見えず極まれる暑さばかりは押し寄せてきて

446 西行と天狗謀るか釜茹での暑さに寒くなりゆくばかり

447 焦熱のままに一天かきくもるさすがに天狗異界の者なり

448 例えばとかの魂魄は言いおるか人の命は死にて終わりと

449 ゆえにこそ自在に遊ぶ冥界の王にもなるか祟りもするか

450 天翔ける天狗に付くかよしや君漂い生きるはての泊りに

451 坩堝より洩れ来る思い掻き分けて生地に帰る無人の家に

452 古里は還らじの橋渡り行き捨てられるのか捨てて出るのか

453 八月の陽炎漂うその中に生地すたれてたたずみおれり

454 四囲開け海を見下ろす高台に生を閉じ込め二親眠る

455 海人はおのが意志もて墓所造る海の呼吸を臨める位置に

456 無理やりに満州シベリア連れ行かれ繰られて生きた慙愧閉じ込め

457 ちちははの御霊に逢いたし逢いたしと迎えのともし火夕べに灯し

458 在りし日を甦らせる盆の日はうちそと父母の幻影求め

459 盆踊り輪になり踊る踊り子に母のおもかげ見えかくれして

460 この夏を入れた坩堝を抱きしめて還らぬ時空を抜け出て戻る

461 「暑うおます」異界の蹂躙挨拶は決まり言葉の京のまひるま

462 桂鴨焦熱地獄のただなかで流れも浅き京のまひるま

463 空青く入道の雲立ち昇りものみな焼ける京のまひるま

464 人の世のあわいにのぼる陽炎は逃げ水のごと京のまひるま

465 一掬の希望のようなもの探し影の路行く京のまひるま

466 約束の歩みを続けそれゆえに釜茹での刑京のまひるま

467 涼求め飲み込むアイス脳を焼き痛みに嘆く京のまひるま

468 脳焼けて混濁のまま人型を保ち続ける京のまひるま

469 六十路越えしょぼい翁の貌をして一人さまよう京のまひるま

470 送り火の頃にしなれば息つぎて秋を焦がれる京のまひるま

471 夏服を納め冬服取り出して季節は移る矢車のうち

472 一人住む陋屋寒しこの秋も暦は急ぎ訪れて来て

473 我が庵は京の端なり秋はまた秋色尽くし庵まるごとに

474 律儀にも訪ねきて秋もみじ葉の狂想曲は鳴り響きおり

475 聞えない耳に狂いの歌響き急かされ行くかおちこちの道

476 もみじ葉を見たし見たしと願いおり泉下に持てるみやげにせむと

477 秋は来てキンモクセイも咲きおれど庭に風雅をとどめず落ちる

478 今宵しも望は輝く神さびてしかれど我を遠く捨て置き

479 常世にて父母まみえたか「みんま」の日せつなく願う親無しの子は

480 日輪も輝度を落として明け暮れの転がる坂で冬支度して

註 「みんま」とは愛媛県の一部地域のみに伝わる法事です。
  その年に他界した人を悼んで11月もしくは12月の巳の日に
  来世での正月として餅などを供えます。
  私の母の「みんま」は来月ですが、もう法事の準備をしている
  ため、今月に出すことにしました。 

481 青や朱白い秋過ぎ玄冬の小春の日々を待ち焦がれおり

482 小春来る頃にしなれば鳴り響く狂想曲は身体満たして

483 我が生は花とモミジに狂うため引きずる命狂い重ねて

484 春の日は花を求めてをちこちをさまよい人になりて過ぎ越し

485 小春の日モミジ見たしと駆けまわる錦の秋を我が内にして

486 さまざまに錦織りなす木々ありて命の賛歌寄り添い受ける

487 ひととせを限りに生きてモミジ葉は朱を伝えて散りゆくばかり

488 紅の狂気のような色見たし我がたましひを根こそぎ与え

489 命をば燃やして終わるモミジ葉に散りゆく定め思わず嘆き

490 モミジ葉は我をも朱に染め上げて土産にさせる生の形見に

491 行く年は逝く年なりと定めおり酔って醒めてのひととせなれど

492 還りなき道をたどりつ歩き来る酔いのまにまに六十路あまりを

493 飛ぶように晦日も過ぎて新玉の朝にも願う酔いの一世を

494 酔いて寝て他にありえぬ我がもとに光芒ひそけく枕頭照らす

495 弓張の月は妖しく空にあり酔いの眼のはし村雲かかる

496 月光の差し入るままに端座してたましひ一つを我が寄る辺とし

497 新しいこの年もまた桜花モミジの朱に酔って過ごさむ

498 さて巳年我が身一つをもてあまし蛇のごとくに這いずりまわれ

499 白き蛇見てはうつつの旅空に色とりどりの焔探さむ

501 雪は降りたわむれ遊ぶ幼き日夢にも知らず六十路の道は